歩行という思考法——アリストテレスからニーチェまで
会議室で唸っても出ない答えが、散歩の途中で降りてくる。神経科学と二千年の哲学史が指す同じ結論——歩行は思考の別形式である。
哲学
主なテーマ
AI(人工知能)の設計・運用・社会的影響に関わる倫理的問題を扱う応用倫理学の領域。2010年代の機械学習の爆発的進歩により、アルゴリズムのバイアス、ブラックボックス化、説明責任、プライバシー、自律兵器、雇用代替などが緊急の論点となった。EUのAI Actなど法制度化も進み、企業のAIガバナンスは経営課題となっている。
ブルーノ・ラトゥール(1947-2022)、ミシェル・カロン、ジョン・ローらが1980年代以降に展開した科学社会学・社会学の理論。人間だけでなくモノ・技術・微生物・法律などの非人間をも『アクター』(行為者)として対称的に扱い、それらが織りなすネットワークとして社会を記述する。科学実験から組織・政治まで射程とする。
古代ギリシャ語で「乱されないこと」を意味する哲学的概念。エピクロスは肉体の苦痛なき状態(アポニア)とともにアタラクシアを至高の善とした。ピュロン主義は判断停止(エポケー)によってアタラクシアに到達するとした。ともに外的条件への依存からの独立という問題意識を共有する。
ロバート・ノージック(1938-2002)が1974年に刊行した政治哲学の古典。ロールズの『正義論』への応答として、個人の権利を絶対視する立場から『最小国家』(夜警国家)こそ唯一正当化される国家だと論じた。権原理論・所有権の強い擁護・再分配への原理的反対を展開し、リバタリアニズムの哲学的基礎を確立した。
古代ギリシャ語で「行き詰まり・通行不能」を意味する哲学用語。ソクラテスが問答を通じて相手の自明な前提を崩し、当事者が「わからない」地点に立たされる状態を指す。この困惑こそが真の探求の出発点であり、無知の自覚から始まる知的誠実さの基盤となる。
アレクシ・ド・トクヴィル(1805-1859)が1835-40年に刊行した政治社会学の金字塔。1831年の9ヶ月のアメリカ視察をもとに、民主主義の本質を鋭く分析。平等化の不可逆性、多数派の専制への警戒、そして民主主義を支える『中間団体』(結社・地方自治・宗教)の決定的役割を論じた。現代のコミュニティ論・市民社会論の源流。
前4世紀、アリストテレスが『自然学』『形而上学』で体系化した原因論。存在と変化を質料因・形相因・動力因・目的因の四軸で説明する。中世スコラ哲学に継承されたのち、近代科学の台頭で目的因は排除されたが、組織・設計・戦略の目的論的思考として今日の実務にも生きている。
モーリッツ・シュリックを中心に1924年頃から活動したウィーン大学の哲学者・科学者集団。カルナップ、ノイラート、ゲーデルらが参加。論理実証主義の牙城として『検証可能な命題のみが有意味である』とし、形而上学・神学を無意味な疑似命題と断じた。ナチスの迫害で離散したが、現代分析哲学と科学哲学の基礎を築いた。
ズールー語・コサ語圏に起源を持つアフリカ哲学の核心概念。「人は他の人を通してはじめて人になる(Umuntu ngumuntu ngabantu)」を基軸に、共同体・共感・相互依存を人間存在の前提と見る。デズモンド・ツツによって世界に広まり、南アフリカの和解プロセスに思想的根拠を与えた。
アリストテレスが『ニコマコス倫理学』で定義した人間の究極目的。単なる快楽(ヘドネー)ではなく、徳(アレテー)を発揮した活動の中にある持続的繁栄を意味する。現代の肯定心理学やウェルビーイング論の源流であり、組織論・リーダーシップ論においても再評価が進んでいる。
バールーフ・スピノザ(1632-1677)が著した主著『エチカ』(1677年遺稿刊)。幾何学の公理・定義・定理の形式で、神=自然の一元論、人間の感情のメカニズム、自由と必然の統合を論じる。『自由とは、必然性を認識すること』というスピノザ的自由概念は、感情に流されず事実を受け入れる経営者の思考法と響き合う。
エピクロス(前341-前270)がアテナイ郊外の『庭園(ケポス)』で創始した哲学学派。快楽を最高善としながら、欲望を自然で必要なものに限定し、心の平静(アタラクシア)と身体の無苦痛(アポニア)に到達することを説いた。通俗的な『快楽主義=享楽主義』の理解は誤りで、むしろ節制と静謐の哲学である。近代の功利主義にも影響を与えた。
ハンナ・アーレント(1906-1975)が1963年に刊行した、ナチス親衛隊将校アドルフ・アイヒマンのエルサレム裁判の傍聴記録。副題は『悪の陳腐さについての報告』。ユダヤ人600万人虐殺の実務責任者を、冷酷な怪物ではなく『思考停止した平凡な官僚』として描き、『悪の陳腐さ(banality of evil)』という概念で世界に衝撃を与えた。組織悪を論じる際の基本文献。
アイン・ランド(1905-1982)が小説と論考を通じて構築した哲学体系。存在は意識から独立するという形而上学、理性のみが知識の根拠という認識論、合理的利己主義という倫理学、自由資本主義という政治哲学の四層で構成される。米国のリバタリアニズムや実業家文化に根強い影響を与えた。
アンティステネスが前4世紀に創始し、ディオゲネスが体現した哲学学派。「犬の哲学者」とも呼ばれ、社会的慣習・富・名声をすべて虚飾として斥け、自然に従った自足的生(アウタルキア)のみを至上の善とした。禁欲と挑発的な言動で文明社会を批判し、ストア派に決定的な影響を与えた。
感覚や知覚が伴う主観的な経験の質を指す哲学概念。「赤を見たときの赤さ」「痛みの痛み」のように一人称視点でしか記述できない現象的特性。1974年トマス・ネーゲルが問題化し、デイヴィッド・チャーマーズが「意識のハード問題」として定式化。人工知能・認知科学・倫理学に広く影響を与える。
発達心理学者キャロル・ギリガン(1936-)が1982年『もうひとつの声で』で提唱した倫理学の立場。コールバーグの道徳発達理論が『正義の倫理』を頂点とし女性を低く評価していたことを批判し、女性が多く示す『ケアの倫理』——具体的な関係性・責任・文脈への配慮を評価する倫理——を対置した。フェミニズム倫理学の基礎を築き、医療・教育・介護・経営へと応用が広がっている。
育児・介護・家事・医療など『他者への気遣いと世話』を意味するケアを、倫理学・経済学・政治哲学の中心に据え直す現代思想。1980年代ギリガンのケア倫理に始まり、ジョアン・トロント、キャロル・ハニッシュらを経て、近年は『ケアの危機(Care Crisis)』論として、新自由主義下で再生産労働が不可視化・搾取される構造を批判する。
20世紀初頭にドイツ語圏で誕生した心理学の学派。ヴェルトハイマー・ケーラー・コフカの三人が基礎を築いた。人間の知覚は要素の集積ではなく、全体として意味を持つ構造(ゲシュタルト)として機能するとし、当時主流の要素主義心理学に対抗した。現代のUXデザインや組織論にも影響を与える。
「世界市民」として全人類に道徳的義務を持つという思想。前4世紀のディオゲネスが「私は世界の市民だ」と宣言して以来、ストア派が普遍的理性の観点から発展させ、カントが永遠平和論で国際秩序の哲学的基礎として再構築した。国籍・民族を超えた連帯と責任の倫理。
バルーフ・デ・スピノザ(1632-1677)が主著『エチカ』で展開した中心概念。ラテン語で『努力・衝動』を意味し、すべての存在は自己の存在を維持・強化しようとする根源的な力をもつとした。感情とはこのコナトゥスが増減する経験であり、喜びは力の増大、悲しみは減少である。生命・組織・市場を貫く自己保存の原理として、現代の複雑系理論や組織論でも再評価されている。
ノーバート・ウィーナー(1894-1964)が1948年刊『サイバネティックス——動物と機械における制御と通信』で創始した学際領域。フィードバックループ、情報、制御を鍵概念とし、生物と機械を同じ原理で記述した。現代のAI、ロボティクス、システム科学、経営組織論の源流。タイトルはギリシャ語κυβερνήτης(舵取り)に由来。
イスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ(1976-)が2011年にヘブライ語で刊行し、世界で2500万部を超えたベストセラー。人類史を『認知革命』『農業革命』『科学革命』の三段階で捉え、サピエンスの支配は『虚構を共有する能力』にあると論じた。『国家』『貨幣』『企業』『人権』すべては想像上の秩序である、という視点が経営・組織論に強い刺激を与えた。
ハーバード大学教授マイケル・サンデル(1953-)の講義『Justice』を元にした2009年の書籍『これからの「正義」の話をしよう』。功利主義・リベラリズム・コミュニタリアニズムの三大立場を、トロッコ問題・代理出産・同性婚などの具体事例で論じ、世界的ベストセラーに。NHK『ハーバード白熱教室』で日本でも爆発的人気を得た。
フランスの思想家ジャン・ボードリヤール(1929-2007)が『シミュラークルとシミュレーション』(1981)で展開した概念。イメージが現実の反映から出発し、最終的に現実との対応を失った「オリジナルなき複製」と化す四段階を論じた。消費社会・メディア環境の分析に広く援用され、現代マーケティングやブランド論にも影響を与えている。
前3世紀、ゼノンがアテナイの彩色柱廊(ストア・ポイキレ)で創始した哲学学派。ローマ期にセネカ・エピクテトス・マルクス・アウレリウスを輩出した。『コントロールできるもの(意志)』と『できないもの(外界)』を峻別し、前者に集中することで不動の平静(アパテイア)に至るとした。現代のレジリエンス論・認知行動療法の源流でもある。
前5世紀のアテナイで、ソクラテスが実践した対話による探求法。相手の主張に矛盾を示す反問(エレンコス)を繰り返し、「自分は何も知らない」という自覚から真の思考を引き出す。プラトンの対話篇を通じて伝わり、論理的思考・批判的思考の原型として現代教育・コーチング・法廷技術に継承されている。
プラトン(前428-前347)の後期対話篇。数学者テアイテトスと対話する形式で『知識(エピステーメー)とは何か』を問う。『感覚である』『正しい思わくである』『根拠のある正しい思わくである』という三定義を順に検討し、いずれも退ける。結論は出ないが、認識論の問いの深さを示した古典。情報と知の違いを考える原点。
前404〜前323年頃。シノペ生まれのキュニコス派哲学者。貨幣偽造疑惑で追放された後アテナイに移り、桶を住処として生涯を過ごした。財産・名誉・快楽を「ノミスマ(慣習的価値)」と断じて捨て去り、自然に従う自足した生こそが真の自由だと説いた。アレクサンドロス大王との問答は後世に繰り返し語られる。
英雄テセウスの船を保存するにあたり板を順次交換し続けると、全部品が入れ替わった時点でなお「同じ船」か——という古代ギリシャ由来の問い。同一性・本質・連続性を問うパラドックスであり、人格・組織・ブランドの同一性論争に広く応用される。
ピエール・デュエム(1861-1916)が提起し、ウィラード・クワイン(1908-2000)が拡張した科学哲学のテーゼ。仮説は単独でテストできず、常に『補助仮説の束』と共に検証される——反証が出ても、どの仮説が誤っていたかは一意に定まらない(反証の不確定性)。ポパー反証主義への強力な反論であり、全体論的知識観の基礎。
1967年にフィリッパ・フット、1976年にジュディス・J・トムソンが定式化した倫理学の思考実験。暴走するトロッコが5人を轢き殺そうとしており、分岐器を切り替えれば1人だけが犠牲になる——切り替えるべきか。派生版(橋の上の太った男)と組み合わせて、功利主義と義務論、行為と不作為、意図と副次効果の倫理的差異を浮かび上がらせる。AI自動運転の倫理プログラミングで再注目されている。
アリストテレス(前384-前322)が息子ニコマコスに捧げたとされる倫理学書。『最高善とは何か』を問い、それをエウダイモニア(eudaimonia, 幸福/開花繁栄)と定義した。徳倫理学の源泉であり、西洋倫理思想の礎。中世スコラ学からマッキンタイアの現代共同体主義まで、繰り返し参照される古典中の古典である。
道徳・真理・意味に客観的根拠はないとする思想的立場。語源はラテン語 nihil(無)。ニーチェが「神は死んだ」と宣言して近代の病理として体系化し、能動的ニヒリズム(価値の創造)と受動的ニヒリズム(虚脱)を区別した。
1970〜80年代にリチャード・ローティらが主導し、パース・ジェイムズ・デューイの古典的プラグマティズムを現代哲学の文脈で再構築した潮流。反基礎主義・反表象主義を掲げ、真理を「現実の鏡写し」ではなく「探究の社会的成果」として捉え直した。ロバート・ブランダムのプラグマティスト的意味論など複数の分岐を持つ。
フランシス・ベーコン(1561-1626)が1620年に刊行した『新機関』。アリストテレスの演繹的論理学(オルガノン)に対抗し、観察と実験に基づく帰納法を提唱した。人間の認識を歪める『4つのイドラ』(種族・洞窟・市場・劇場)を列挙し、偏見を取り除いた実験的科学の基礎を築いた。認知バイアスの古典。
17世紀フランスの哲学者・数学者ブレーズ・パスカルが遺稿集『パンセ』に記した議論。神の存在を賭けの構造として捉え、信仰を選ぶことの期待値が最大になると論じた。不確実性下における意思決定の先駆的モデルであり、現代の期待効用理論や損失回避論の文脈でも参照される。
フランスの社会学者ピエール・ブルデューが1970年代に体系化した概念。家庭・教育・階層環境の中で身体化された傾向性の束であり、人が何を「自然」と感じ、どう判断し、どう行動するかを意識以前に規定する。フィールド(場)・資本(キャピタル)と三位一体を成し、社会的不平等の再生産メカニズムを説明する。
トマス・クーン(1922-1996)が『科学革命の構造』(1962)で提示した科学変化の理論。科学は漸進的な積み上げではなく、『通常科学』の安定期と『科学革命』による非連続的な転換の繰り返しとして進む。プトレマイオス→コペルニクス、ニュートン→アインシュタインのような転換を『パラダイムシフト』と呼び、ビジネス用語としても爆発的に普及した。
1870年代にチャールズ・パースが提唱し、ウィリアム・ジェームズ、ジョン・デューイが発展させたアメリカ哲学の主流。「観念の真理は実践的結果にある」と説き、抽象的形而上学を退けて経験と有用性を判断基準に据えた。現代の意思決定論・組織学習論の思想的土台でもある。
ナシーム・ニコラス・タレブ(1960-)が2007年刊『The Black Swan』で提示した概念。(1)予測不可能、(2)極端な影響、(3)事後的には説明される——この3条件を満たす稀有な事象。正規分布を前提とするリスク管理の盲点を突き、金融危機・パンデミック・テロを説明。続編『反脆弱性』は想定外を力に変える原理を論じた。
1923年にフランクフルト大学付属の社会研究所として発足した哲学・社会学の学派。ホルクハイマー、アドルノ、マルクーゼ、フロムらが第一世代。ナチス台頭で米国に亡命後も批判理論を深化させ、戦後はハーバーマスが「コミュニケーション的理性」でその遺産を継承した。啓蒙理性の自己矛盾、大衆文化による意識操作、権威主義的人格を問い続けた。
アリストテレスが『ニコマコス倫理学』で提唱した知性的徳の一つ。理論知(ソフィア)や技術知(テクネー)とは異なり、具体的状況の中で「何が善いか」を適切に見定め、行動へ結びつける実践的知恵。経験の蓄積によって磨かれ、教科書には書けない判断力の核心をなす。
トーマス・ベイズ(1701-1761)の定理に基づく認識論。知識を『真か偽か』でなく『確率的信念』として扱い、事前確率に新しい証拠を掛け合わせて事後確率に更新する。20世紀後半、カルナップ、ジェフリーズらが哲学基盤を整備し、現代の統計学・機械学習・意思決定論の基礎となった。『信念を確率で更新する』思考フレーム。
19世紀ドイツの哲学者ヘーゲルが体系化した思考の運動法則。正(テーゼ)・反(アンチテーゼ)・合(ジンテーゼ)という三段階で概念が自己展開し、矛盾を取り込みながら絶対精神へと向かうとした。マルクスの唯物弁証法、現代の組織論・交渉学にも影響を与えた。
ルネサンス以来の人間中心主義(ヒューマニズム)を批判的に越えようとする現代思想の潮流。N・キャサリン・ヘイルズ、ロージ・ブライドッティ、ダナ・ハラウェイらを代表論者とする。AI、脳科学、遺伝子工学、身体拡張技術の進展により、『人間/機械』『人間/動物』『自然/人工』の境界が溶解する現実に対し、人間を宇宙の中心に置く近代的人間観の再定義を迫る。技術による能力拡張を肯定するトランスヒューマニズムとは区別され、より批判的・脱中心化的な存在論を志向する。
1960〜80年代にフランスを震源として広まった思想・文化運動。リオタールが『ポスト・モダンの条件』(1979)で「大きな物語の終焉」を宣言し、普遍的真理や歴史の進歩という近代の前提を問い直した。フーコー、デリダ、ボードリヤールらが各々の角度から理性中心主義・主体概念・記号と現実の関係を解体した。
イスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ(1976-)が2016年に刊行した『サピエンス全史』の続編。飢餓・疫病・戦争を克服したサピエンスが、次に『不死・幸福・神性』を目指すと論じる。バイオテクノロジーとAIが人間を作り変え、『データ教(Dataism)』が新しい宗教となる未来を警告。人間中心主義の終焉を示唆する書である。
カール・マルクス(1818-1883)とエンゲルスが体系化した思想体系。生産手段の所有関係が社会構造を規定するという唯物史観を基礎に、資本家と労働者の階級対立を軸として資本主義を分析。20世紀の革命運動と社会主義国家に多大な影響を与えた。
イタリアの政治哲学者アントニオ・ネグリ(1933-2023)と米国の理論家マイケル・ハート(1960-)が『〈帝国〉』(2000)と『マルチチュード』(2004)で提示した概念。グローバル資本主義下で、国民国家・階級・人民に還元されない、多様な差異を保ったまま共闘する新しい政治的主体を意味する。非物質的労働とネットワーク型運動が基盤となる。
ゴットフリート・ライプニッツ(1646-1716)が1714年に著した形而上学の要約。世界は『モナド(単子)』と呼ばれる精神的個体の集合からなり、各モナドは独立しながら神の『予定調和』によって全体として協調する。独立した個が全体として整合する構造は、分散システム・自律型組織の古典的モデルとなる。
トマス・ホッブズ(1588-1679)が1651年に刊行した政治哲学の古典。『万人の万人に対する闘争』という自然状態から脱するため、人々が契約により主権者(国家=リヴァイアサン)に全権を委譲する、という構造を示した。近代社会契約論の出発点で、イギリス内戦の混乱を背景にした秩序への切実な問いが、組織統治の原型を打ち立てた。
全能・全知・全善の神の存在と、世界に存在する悪・苦しみとの論理的矛盾を問う哲学問題。エピクロスによる古代の定式化からライプニッツの神義論、現代のプランティンガの自由意志弁護まで、有神論の最大の難問として議論が続く。
「我々は語れる以上のことを知っている」——ポランニーのこの命題は、言語化・形式化できないが確かに働いている知識の存在を示した。自転車の乗り方から顧客対応の勘所まで、暗黙知は人間の知的活動の広大な基層をなす。野中郁次郎の知識創造理論により経営学の中核概念となり、組織の競争優位の源泉として再発見された。
アルトゥール・ショーペンハウアー(1788-1860)が1819年に刊行した主著。カントの現象と物自体の区別を継承しつつ、物自体の正体を『意志(Wille)』と同定した。世界は一面では我々の認識に現れる『表象』だが、その背後では盲目的・非合理的な『生への意志』が衝動として働いている。この意志は満たされることなく苦しみを生み続ける。救済は芸術(特に音楽)による一時的観照と、意志の否定(禁欲・共苦)に求められる。ニーチェ、フロイト、ワーグナー、トーマス・マンらに決定的影響を与えた。
ラテン語で「運命への愛」。ニーチェが『悦ばしき知識』(1882)で提唱した概念。起きたことをすべて否定も嘆きもせず、積極的に愛することで生の全体を引き受ける態度。永劫回帰と表裏をなし、「もう一度この人生を」と言えるほどの生の肯定を求める。
フリードリヒ・ニーチェ(1844-1900)が『悦ばしき知識』(1882)および『ツァラトゥストラはこう語った』(1883-85)で提示した思想実験。『今この瞬間の人生が、全く同じ順序・同じ細部で永遠に繰り返されるとしたら、あなたはそれを引き受けられるか』と問う。キリスト教的な直線的時間観を破壊し、この世の全てを肯定できる者こそ『超人(Übermensch)』であり、その態度が『運命愛(Amor fati)』と呼ばれる。存在論的テーゼというより、いかに生きるかを問う実存の試金石として機能する。
1990年代英国の哲学者ニック・ランド(1962-)らが発展させた現代思想。資本主義やテクノロジーの脱領土化作用を抑え込むのではなく、限界まで加速させて突破することで新しい地平を開くと主張する。左派加速主義(ウィリアムズら)と右派加速主義(ランド)に分岐し、シリコンバレーの加速思想とも交差する。
ルネ・デカルト(1596-1650)が『方法序説』(1637)および『省察』(1641)で提示した、近代哲学の原点となる命題。ラテン語で *Cogito, ergo sum*、フランス語で *Je pense, donc je suis*。あらゆる知識を方法的に疑う『方法的懐疑』の末、疑っている自己の思考=存在だけは疑えないという確実な出発点に到達した。主観としての『我』を哲学の第一原理に据え、中世の神中心の世界観から近代の主体中心の世界観への転換点となった。
テキストの一節を理解するには作品全体の文脈が必要で、全体を理解するには個々の部分が必要——この循環構造を解釈学的循環という。ガダマーは『真理と方法』でこれを人間理解の根本構造とし、先入見を排するのでなく、先入見を持ちつつ対話の中で更新していく過程として描いた。経営における現場と全体戦略の往復運動のモデルとなる。
快楽(ヘードネー)を善の基準とする哲学的立場。古代ギリシャのアリスティッポスが原型を示し、エピクロスが精神的快楽を核とした体系に発展させた。近代ではベンサムとミルが功利主義として再構成し、「最大多数の最大幸福」という政策原理へと接続した。
前4世紀のピュロンを源流とし、「何も確かには知れない」という立場から断定を差し控えること(エポケー)を説く哲学的態度。デカルトの方法的懐疑を経て近代認識論を形成した。現代では科学的合理主義の基盤となる一方、虚無主義との混同も多い。
ミシェル・フーコー(1926-1984)が1975年に刊行した権力論の金字塔。副題は『監視と処罰』。残虐な身体刑から近代監獄への移行を分析し、権力が禁止ではなく『規律』として人を作り上げる仕組みを解明した。ベンサムのパノプティコンを比喩に、学校・工場・軍隊・病院が同型の規律装置として機能する近代社会の姿を描いた。
ハーバード・ビジネス・スクールの名誉教授ショシャナ・ズボフ(1951-)が2019年に刊行した『監視資本主義』で定式化した概念。GoogleやFacebookに代表される、ユーザーの行動データを無償で収奪し、予測商品として広告主に販売する経済モデル。プライバシーの侵害を超え、民主主義と自由意志を脅かす新しい権力形態と批判する。
「何が実在するか」という問いに対し、精神・観念・意識こそ根源的実在だと答える哲学的立場。プラトンのイデア論に源を発し、カント・フィヒテ・ヘーゲルのドイツ観念論へと体系化された。唯物論と対をなす思想の基軸である。
複数の主観が相互承認を通じて共有された意味世界を生み出すプロセスを指す哲学概念。フッサールが現象学的文脈で定立し、シュッツ・メルロ=ポンティ・ハーバーマスらが社会理論・身体論・言語哲学へと展開した。「私だけの主観」と「客観的世界」の二項対立を超え、意味が共同構成されるメカニズムを解明する。
デイヴィッド・ヒューム(1711-1776)が『人間知性研究』(1748)で提起した科学哲学の根本問題。『太陽は明日も昇る』という帰納的推論には論理的正当化がない、と論じた。経験主義の徹底がもたらした懐疑であり、カント、ポパー、現代ベイズ主義への出発点。過去の成功は未来を保証しない——事業仮説検証の根源的警告。
18世紀にデイヴィッド・ヒュームが定式化した哲学的問題。どれほど多くの事例を観察しても未来の事例に法則が成立することは論理的に保証できないとする。科学的知識の正当化根拠を問い、ポパーの反証主義など現代科学哲学の中核問題となった。
マルティン・ハイデガー(1889-1976)が1953年にミュンヘンで行った講演『技術への問い(Die Frage nach der Technik)』。後期ハイデガーの代表作の一つ。技術は単なる道具や手段ではなく、世界の現れ方を規定する『存在の開示様式』であると論じた。現代技術の本質を『総かり立て体制(Gestell)』と名付け、人間と自然を『用立て可能な資源』として立てさせる仕組みとして批判。技術の外に立つのではなく、技術の本質を思惟することでのみ『救いの力』が生まれると説いた。現代技術論・生態哲学・AI倫理の原点。
ニッコロ・マキャヴェリ(1469-1527)が1513年に執筆した政治論書。分裂するイタリアの再統一を願い、メディチ家に献じた実践的統治指南。『君主は愛されるより恐れられよ』『目的は手段を正当化する』など冷徹な現実主義で知られ、道徳と政治を分離した点で近代政治学の出発点となった。マキャヴェリズムの語源。
アリストテレス(前384-前322)の主著の一つ。『第一哲学』と呼ばれ、後世の編集者により物理学の『後(メタ)』に置かれたことから『形而上学(Metaphysica)』の名がついた。『存在としての存在』を問い、実体(ウーシア)・四原因説(質料因・形相因・作用因・目的因)・可能態と現実態を論じた。プラトンのイデア論を批判的に継承しつつ、個物に内在する形相を重視。中世スコラ哲学から近世哲学まで2000年にわたり西洋思想の骨格を与えた。
古代ギリシャに起源を持ち、近代科学の発展とともに体系化された哲学的立場。宇宙のすべての出来事は先行する原因と自然法則の連鎖によって必然的に生じるとする。自由意志・道徳的責任・予測可能性をめぐる論争を生み出し続け、現代の脳科学・物理学・経営論にも接続する。
イムレ・ラカトシュ(1922-1974)が提示した科学哲学の方法論。ポパーの反証主義とクーンのパラダイム論を統合し、科学理論を『堅い中核(放棄できない核心命題)』と『防護帯(補助仮説で修正可能な外縁)』の構造で捉える。進歩的プログラムと退行的プログラムの区別は、経営戦略における『コアとノンコア』の設計原理と同型である。
エドムント・フッサールが20世紀初頭に創始した現象学は、自然科学的な思い込みをいったん停止(エポケー)し、意識に現れる現象そのものを記述することで、確実な知の基盤を築こうとした。ハイデガー、メルロ=ポンティらに受け継がれ、質的研究やデザイン思考の方法論的源泉ともなった。先入観を括弧に入れて対象を見直す思考法は、市場理解と組織診断の強力な武器となる。
「言葉の意味とは、言語におけるその使用である」——ウィトゲンシュタインは後期『哲学探究』で、言葉の意味を辞書的定義でなく、特定のルールと実践に埋め込まれた使用として捉えた。チェスの駒の意味がゲームのルールの中でしか成立しないように、言葉は生活形式の中で機能する。組織内の言葉の通じなさを解く根本的な視座を提供する。
J・L・オースティンが1950年代に着想し、没後の1962年に『言語と行為』として刊行。言葉を「命題の伝達」ではなく「行為の遂行」と捉え、発話行為を発語行為・発語内行為・発語媒介行為の三層に分析した。ジョン・サールが継承・精緻化し、現代の語用論・コミュニケーション論・組織行動論の理論的基盤をなす。
公案(こうあん)は禅宗、特に臨済宗で用いる修行の問い。『犬に仏性有りや無しや』『隻手の音声』など、論理的解答を許さない問いを徹底的に問い続けることで、概念的思考を超えた直観的悟りを誘発する。唐代中国の禅で確立し、宋代の『碧巌録』『無門関』で集大成され、日本では白隠慧鶴が体系化した。現代ではブレイクスルー思考やデザイン思考の源流としても注目される、独特の修行技法である。
ハーバード大学の政治哲学者ジョン・ロールズ(1921-2002)が1971年に刊行した『正義論』の中心概念。自分の能力・地位・人種を知らない『無知のヴェール』の下で選ばれる原理こそ正義だと論じた。平等な自由と、最も不遇な人の境遇を改善する『格差原理』を導出し、戦後政治哲学に最大の影響を与えた。
ジェレミー・ベンサム(1748-1832)が提唱し、J.S.ミル(1806-1873)が発展させたイギリスの倫理思想。『最大多数の最大幸福』を善の基準とし、行為の価値を結果(帰結)で判定する。近代民主主義・公共政策・経営意思決定の基盤となった一方、『少数者の犠牲』問題を抱える。ステークホルダー計算の原型。
善意ではなく証拠と費用対効果によって「最大の善」を追求する倫理運動。2000年代後半に英米の哲学者が主導し、GiveWell・80,000 Hoursなどの組織が実践的な枠組みを整備した。功利主義の現代的展開として位置づけられる。
知識は外界に客観的に存在するのではなく、認識する主体が経験・言語・社会的関係を通じて能動的に構築するという哲学・認識論の立場。ピアジェの認知的構成主義とヴィゴツキーの社会的構成主義が二大潮流。20世紀の教育学・社会学・国際関係論に広く影響を与えた。
ソシュールの言語学を基盤に1950〜60年代のフランスで確立した思想運動。レヴィ=ストロース・バルト・ラカン・アルチュセールらが主導した。個人の意識や意図ではなく、意味を規定する「構造」——要素間の差異と関係のシステム——を分析対象とした。人文・社会科学全般に波及し、ポスト構造主義の母胎となった。
17世紀のデカルト、スピノザ、ライプニッツが体系化した哲学的立場。感覚的経験ではなく理性の演繹的推論が確実な知識をもたらすとする。生得観念の存在を主張し、数学をモデルに体系的知識の構築を目指した。経験論との対立はカントの批判哲学で総合され、近代哲学の主要な対立軸を形成した。
プラトン(前427-前347)が紀元前4世紀半ばに執筆した対話篇。『正義とは何か』を出発点に、理想国家の構造(統治者・軍人・生産者の三階級)と魂の三部分(理性・気概・欲望)を対応させ、正義を『各部分がその本分を果たすこと』と定義した。哲人王・洞窟の比喩・イデア論を内包し、西洋政治哲学の基礎文献となった。
ジル・ドゥルーズ(1925-1995)が1968年に刊行した博士論文・主著。プラトン以来の西洋哲学が『同一性』に特権を与え、差異を『二項間の差』に還元してきたと批判。差異はそれ自体として、反復を通じて現れると論じた。ニーチェの永劫回帰、ベルクソンの持続、スピノザの一義性などを縦横に参照し、『差異の哲学』という新たな存在論を構築。後のガタリとの共著『アンチ・オイディプス』『千のプラトー』でリゾーム・ノマド論へ展開し、20世紀後半のポスト構造主義を牽引した。
「もし〜ならどうなるか」という問いを現実から切り離して論理的に追う方法。プラトンの洞窟、デカルトの懐疑、アインシュタインの光速並走など、哲学・物理・倫理にわたる知的装置として機能してきた。
セーレン・キルケゴール(1813-1855)が1849年に刊行した『死に至る病』は、実存主義の先駆とされる小著。『死に至る病とは絶望である』という冒頭で、自己を自己自身に対して関係づける『精神』としての人間を分析した。絶望は弱さ(自分自身でありたくない絶望)と強さ(自分自身でありたい絶望)の両形態があり、いずれも自己からの逃避である、と説く。
カール・マルクス(1818-1883)が1867年に第1巻を刊行した経済学批判の大著。商品の二重性から出発し、労働価値説・剰余価値論を展開して資本家による搾取の構造を解明した。資本主義の内的矛盾と恐慌の必然性、労働の疎外、階級闘争の歴史観を論じ、20世紀の社会主義運動に決定的影響を与えた。
実定法(国家が制定した法)を超えた普遍的な法の存在を主張する思想。古代ギリシャのアリストテレスを源流に、中世のトマス・アクィナスが神学的に体系化。近代のグロティウス・ロックが世俗化し、国際法・人権思想の基盤となった。
人間が本当に「自分で決める」ことができるのかを問う哲学の根本問題。決定論(すべては因果で決まる)と自由意志の両立可能性をめぐり、古代から現代まで議論が続く。カント、スピノザ、ヒュームをはじめ多くの哲学者が格闘した。現代では神経科学の知見も加わり、責任論・法哲学・組織論に直結する実践的な問いでもある。
ジョン・スチュアート・ミル(1806-1873)が1859年に刊行した自由主義の金字塔。『他者に危害を及ぼさない限り、個人の自由は制限されない』という他者危害原則を提示し、多数派の専制からの個人の保護を説いた。思想・言論の自由、個性の擁護、多様性の重要性を論じ、現代の表現の自由論・リベラリズムの基礎となった。
前4世紀、アリストテレスが『形而上学』『自然学』で体系化した理論。あらゆる事物は可能性としての質料(hylē)と、それに何たるかを与える形相(morphē)から成ると説く。変化・生成・消滅を説明する枠組みとして中世スコラ哲学に継承され、現代の組織論・設計思想にも応用される。
普遍(種・類・属性)は実在するか、それとも名前にすぎないか——この問いが実在論と唯名論の対立軸である。プラトンのイデア論を源流とし、中世スコラ哲学で頂点に達した。オッカムの剃刀が唯名論の象徴として知られる。概念の扱い方をめぐるこの論争は、近代認識論・科学方法論の土台に直結する。
19世紀にオーギュスト・コントが定式化した哲学的立場。観察・実験・数量化によって検証できる事実のみを知識と認め、形而上学・神学を知識の源泉として退ける。20世紀にはウィーン学団が論理実証主義として再定式化し、科学哲学の主流となった。現代のデータドリブン経営の思想的源流でもある。
ジャン=ポール・サルトル(1905-1980)が1946年の講演『実存主義はヒューマニズムである』で宣言した実存主義の中心命題。紙切りナイフのような道具は『切る』という本質が先に決まってから作られるが、人間はまず存在し、後から自らの行為によって自分が何者かを決める。自由と責任が不可分であることを示し、戦後世代の思想的指針となった。
20世紀を代表する哲学運動。キルケゴールを先駆として、ハイデガー・サルトル・カミュらが多方向に発展させた。「人間はまず存在し、後に自らの本質を作る」という命題を核に、自由・責任・不安・死を哲学の中心主題に据えた。経営者の自己決定論とも深く接続する。
17世紀、デカルトが定式化した哲学的立場。精神(思惟する実体・res cogitans)と物体(延長する実体・res extensa)は互いに還元できない別種の実体であると主張する。心が身体にどう作用するかという「心身問題」を鋭く提起し、現代の意識研究・認知科学・哲学的ゾンビ論争に至るまで議論の原点であり続ける。
ハーバード大学の政治哲学者マイケル・サンデル(1953-)が2020年に刊行した『実力も運のうち——能力主義は正義か?』。成功者が『自分の努力と才能』で勝ち取ったと信じる『メリトクラシー(能力主義)』が、敗者への軽蔑と分断を生んでいると批判。才能も環境も運であり、共通善に開かれた社会を取り戻すべきだと説いた。
ジャン=ジャック・ルソー(1712-1778)が1762年に刊行した政治哲学の古典。ホッブズ・ロックと並ぶ社会契約論の三大著作の一つ。『人は自由なものとして生まれたのに、至るところで鎖につながれている』という冒頭で知られ、『一般意志』に基づく人民主権を提唱。フランス革命の思想的基盤となり、近代民主主義の根幹を築いた。
朱子学は南宋の朱熹(1130-1200)が大成した新儒教体系。宇宙を『理』(秩序・原理)と『気』(物質・エネルギー)の二元で捉え、万物は『理』を分有すると説く。『格物致知』——個々の物事に即して理を窮めることで知に至る——を方法論とし、四書(論語・孟子・大学・中庸)を正典に据えた。元代以降中国の科挙公認学、江戸日本の官学となり、東アジア近世の思想・教育の骨格を形成した。
アンリ・ベルクソン(1859-1941)が博士論文『意識の直接与件についての試論』(1889、邦題『時間と自由』)で提示した核心概念。物理学や日常生活が扱う時間は、空間のように等質で分割可能な『空間化された時間』にすぎない。これに対し、意識が内側から生きる時間は、質的に異質な諸瞬間が相互浸透しながら流れる『純粋持続(durée pure)』である。この区別は後の『創造的進化』『道徳と宗教の二源泉』へと展開し、ノーベル文学賞受賞(1927)にも繋がった。プルーストやドゥルーズへの影響も大きい。
イマヌエル・カント(1724-1804)が1781年に刊行した西洋哲学の転換点。人間は『物自体』を認識できず、経験と共に働く理性の形式(時間・空間・カテゴリー)を通してのみ世界を把握する——この『コペルニクス的転回』が経験論と合理論の対立を終わらせ、近代哲学を打ち立てた。認識の限界を画定することで、逆に学問の根拠を確立した大著。
ダナ・ハラウェイ(1944-)が1988年論文『状況に置かれた知——フェミニズムにおける科学の問題と部分的視点の特権』で提示した概念。『どこにもない視点』(無の視点)からの客観性を否定し、すべての知は具体的身体・歴史・位置から生まれると論じた。単なる相対主義ではなく『位置の責任』による部分的客観性を提唱。
意識や主観的経験を哲学的に考察する分野。デカルトの心身二元論(17世紀)を起点に、20世紀後半から分析哲学・認知科学との接合で急展開した。チャーマーズが提唱する「意識の困難問題」——なぜ脳の物理的プロセスから主観的経験が生じるのか——は未解決のまま、AI研究・神経科学・経営思想にまで波及している。
フリードリヒ・ニーチェが1882年『悦ばしき知識』で定式化した概念。「神は死んだ」とは神学的命題ではなく、西洋文明が依拠してきた絶対的価値基盤——善悪・真理・目的論——の崩壊を指す。その後の空白をニヒリズムと呼び、ニーチェは超人による価値の創造をその処方箋とした。
モーリス・メルロ=ポンティ(1908-1961)が主著『知覚の現象学』(1945)で展開した身体論。デカルトの心身二元論が前提した『物体としての身体』と『思考としての精神』の分離を批判し、世界と関わる第一の主体は『生きられた身体(corps vécu)』であると論じた。身体は対象でも道具でもなく、世界を知覚し意味を織り成す中心である。『身体図式』『肉(chair)』といった概念で、認知科学、ロボティクス、エンボディメント理論、野中郁次郎の暗黙知論にまで影響を及ぼした。
20世紀フランスを中心に展開した哲学運動。エマニュエル・ムーニエが1932年に創刊した雑誌「エスプリ」を拠点に体系化した。人格は孤立した個人ではなく、他者との関係のなかで自己を実現する存在と定義する。個人主義と集産主義(ファシズム・マルクス主義)の双方を批判し、人格の尊厳と共同体的責任を軸とした社会秩序を構想した。
ハンナ・アーレント(1906-1975)が1958年に刊行した政治哲学の古典。人間の活動的生(vita activa)を労働(labor)・仕事(work)・活動(action)の三つに区分し、近代以降『労働』が支配的となり公共の活動が衰退した過程を描いた。公共性・複数性・始まりの奇跡を論じ、20世紀後半の政治思想に決定的影響を与えた。
デイヴィッド・ヒューム(1711-1776)が1748年に刊行した認識論の主著。人間の知識はすべて印象(経験)に由来し、因果律すら『繰り返し観察された結合の習慣』に過ぎないと論じた。カントを『独断のまどろみから目覚めさせた』衝撃の懐疑論。ビジネスにおける『相関を因果と誤認する』罠を2世紀半前に看破した古典。
生得観念を否定し、人間の心は生まれたときは「白紙(タブラ・ラサ)」であるとしたロックの主張は、知識の起源を経験に求める近代経験論の出発点となった。感覚と反省という二つの経験から観念が生じ、それらの結合によって複雑な知識が構築される。教育論・政治思想の基礎にもなり、組織における学習設計と人材育成に通じる思考の原型を提供する。
孔子(前551-前479)が『論語』で説いた儒教の中心的徳目。字義は『二人』——人と人の間にある徳を意味する。『人を愛する』(樊遅問う)、『己の欲せざる所、人に施す勿かれ』(黄金律)など、他者への配慮を核とする。後世、孟子は『仁は人の心なり』、朱子学は『天地万物を一体とする心』と展開。近代経営論の倫理的基盤。
巨大な自然や圧倒的な力に直面し、恐怖を伴いながらも理性が外界を超えると気づく感情体験。18世紀にバークが感覚的に分析し、カントが1790年の『判断力批判』で数学的崇高・力学的崇高に体系化した。美が調和を与えるのに対し、崇高は不快と快の同時体験を通じて人間の尊厳を呼び覚ます。
アリストテレス(前384-前322)が紀元前4世紀後半に著した政治哲学書。師プラトンの理想国家論に対し、158のポリスの政体を実証的に比較分析し、現実の政治を論じた。『人間はポリス的動物である』という人間観、王政・貴族政・共和政の三類型とその堕落形、中間層を基盤とする混合政体論など、後世の政治思想の基礎概念を提供した。
カール・シュミット(1888-1985)が1932年に刊行した政治哲学の問題作。政治的なものの本質を『友と敵の区別』と定義し、道徳・経済・美的領域から独立した政治の固有性を主張した。ナチス加担のため戦後批判されたが、『決断主義』『例外状態』『主権者とは例外状態を決定する者』などの概念は左右を越え現代政治理論に決定的影響を与え続けている。
ジョン・ロールズが1993年の同名著作で体系化した政治哲学。包括的な世界観が分裂した社会において、市民が「公共理性」を通じて重合的合意を形成し、安定した協力体制を維持できるとする。リバタリアニズムや共同体主義との対比で現代自由民主主義を根拠づける主要理論。
キケロの「公正な戦争」概念を起点に、アウグスティヌス・トマス・アクィナスが体系化した戦争倫理の理論。正当な原因・正当な権威・正しい意図・最後の手段・均衡という五条件を核とし、現代の国際人道法・国連憲章に制度化された。武力行使の倫理的・法的正当性を問う枠組みとして今日も有効である。
1970年代に米国で制度化された応用倫理学の一分野。臓器移植・人工妊娠中絶・遺伝子操作・終末期ケアなど、生命科学の発展が生む倫理的問題を哲学的に分析する。ビーチャムとチルドレスが提唱した四原則(自律尊重・善行・無危害・公正)が国際標準の基礎をなす。
『精神現象学』は、意識が感覚的確信から始まり、自己意識、理性、精神、宗教を経て絶対知に至る発展の物語である。主人と奴隷の弁証法など、対立が止揚されて高次の段階へ進むダイナミズムを描いたこの書は、歴史哲学・社会理論に決定的影響を与えた。矛盾を避けず、止揚によって組織を次の段階へ進める経営者の思考訓練としても読める。
『善の研究』(1911)は西田幾多郎(1870-1945)の処女作で、日本近代哲学の金字塔。主客未分の『純粋経験』を出発点に、実在・善・宗教を一貫して論じた。西田は禅体験と西洋哲学(ジェームズ、フィヒテ、ヘーゲル)を融合し、西洋の主客二元論を超える独自の哲学を構築した。京都学派の出発点であり、『行為的直観』『絶対矛盾的自己同一』など西田後期概念の萌芽を含む、日本発の世界哲学の原点である。
エマニュエル・レヴィナス(1906-1995)が1961年に刊行した主著(博士論文)。リトアニア出身のユダヤ系哲学者として、ハイデガーの存在論と西洋哲学全体が『全体性』——あらゆる差異を同一性に回収する思考——に陥ってきたと批判。これに対し、私に語りかけ倫理的応答を要求する『他者の顔(visage)』は、全体性の外部からやってくる『無限』であると論じた。ホロコースト経験に裏打ちされた他者論は、デリダ、リオタール、柄谷行人らに決定的影響を与え、20世紀後半の倫理思想を刷新した。
荘子(前369頃-前286頃)は老子と並ぶ道家の巨人で、『荘子』(南華真経)の著者。胡蝶の夢、庖丁解牛、朝三暮四など寓話と詩的レトリックで哲学を展開し、『万物斉同』(すべての存在は本質的に等価)と『逍遙遊』(一切のとらわれから自由な境地)を説いた。善悪・美醜・大小といった区別を人為だと退け、固定観念を徹底的に解体する荘子の思想は、認識の枠組みを問い直す哲学的震源として現代でも生きている。
マルティン・ハイデガー(1889-1976)が1927年に刊行した20世紀哲学の最重要著作の一つ。『存在とは何か』という古代からの問いを、『人間存在(現存在)』の分析を通じて再構成。『死への存在』『不安』『世人(das Man)』などの概念で、我々が日常に埋没して本来の生を忘れる構造を暴いた。実存主義、現象学、現代思想の水脈を決定づけた未完の大著。
哲学における「存在するとは何か」を問う根本領域。アリストテレスの第一哲学に始まり、カントの批判哲学を経て、ハイデガーの『存在と時間』(1927)で刷新された。問いの立て方を問い直す技法として、意思決定の質に直結する。
エマニュエル・レヴィナス(1906-1995)が『全体性と無限』(1961)などで展開した倫理哲学の中心概念。リトアニア出身のユダヤ人哲学者でナチスに家族を殺害された経験を持つ彼は、西洋哲学の『全体性』志向(他者を自分の理解に還元する暴力)を批判し、『他者の顔』との非対称な出会いこそが倫理の原点だとした。『倫理は第一哲学である』という宣言で20世紀思想を塗り替えた。
フランスの哲学者ジャック・デリダが1960年代後半に提唱した読解・思考の手法。テクストが依拠する二項対立(理性/感情、現前/不在など)を解体し、意味が固定されず差異によって無限に延期されることを示す。文学批評・法学・建築・倫理学に影響を与え、確実性への問いを現代思想の中心に据えた。
「知は行の始め、行は知の成るなり」——王陽明は、朱子学が知を先、行を後とする段階論を批判し、知行は本来不可分であると説いた。知っていて行わないのは未だ本当には知らないのと同じだ、という鋭い洞察は、幕末の志士から近代の日本人に強い影響を与えた。経営における「わかっているが動かない」問題の根本処方箋となる思想。
中観派は2-3世紀のインドの思想家ナーガールジュナ(龍樹)が開いた大乗仏教の学派。主著『中論』で『空』と『縁起』の論理を極限まで展開し、一切の事物は他との関係の中でのみ成立する(自性を持たない)と論証した。八不中道——生・滅・常・断・一・異・来・去いずれにも偏らない中道——を掲げ、極端な実体視を解体する。『第二の仏陀』と呼ばれ、チベット仏教・禅・天台の基層をなす思想である。
儒教における徳の中心概念で、『中』は偏らないこと、『庸』は常に変わらぬ日常を意味する。過剰と不足の両極を避け、『その時その場に応じた適切さ』を実現する。『中庸』は四書(大学・中庸・論語・孟子)の一つで、子思(孔子の孫)が著したとされる。アリストテレスの『中庸』とも共鳴する、経営におけるバランス感覚の原型。
カント(1724-1804)が『道徳形而上学の基礎づけ』『実践理性批判』で展開した倫理学の中核概念。結果や条件によらず、『それ自体として無条件に命じる』道徳法則の形式。『汝の意志の格率が、常に同時に普遍的立法の原理として妥当しうるように行為せよ』という第一形式で知られる。経営倫理における『普遍化可能性テスト』の原型。
ジョン・ロック(1632-1704)が1689年に刊行した政治哲学の古典。第一論で王権神授説を批判し、第二論で自然状態・所有権・社会契約・抵抗権を論じた。生命・自由・財産は譲渡不可能な自然権とされ、政府はその保護のために存在する。アメリカ独立宣言やフランス人権宣言に直接影響し、近代自由主義の聖典となった。
オーストラリア出身の倫理学者ピーター・シンガー(1946-)が1975年に刊行した倫理学書。功利主義(ベンサム)の『苦しむ能力』を基準に、人間だけを特別扱いする『種差別(speciesism)』を人種差別・性差別と同じ不当な差別として告発した。工場畜産と動物実験の実態を暴いたことで動物解放運動を世界的に押し上げ、現代のプラントベースド食品市場・ESG・サステナビリティ思想の源流の一つとなった。
生まれたときから洞窟に縛られ、壁に映る影だけを見続ける囚人たち。振り返って光を見た者は、太陽(真理)の存在を知る。プラトンが『イデア論』を説明するために用いた比喩で、哲学者の使命を示す。見えているものが世界のすべてではない——経営判断における認知の限界を問う原型となる寓話。
ジョン・デューイが体系化したプラグマティズムの一形態。理論や概念の価値を「真偽」ではなく「有用性」で測る。科学理論は世界の正確な写しではなく、予測と問題解決のための道具に過ぎないとする。この立場は科学哲学・教育論・組織論に波及し、「使えるかどうか」を問い続ける思考様式として現代のビジネスにも通底している。
フリードリヒ・ニーチェ(1844-1900)が1887年に刊行した倫理学書。三つの論文からなる。善悪の概念は普遍的真理ではなく歴史的産物であり、強者の『良い/悪い(gut/schlecht)』の評価が、弱者のルサンチマン(怨恨)によって『善/悪(gut/böse)』へと反転させられたと論じた。西洋道徳の系譜学的解体であり、20世紀思想の最重要文献の一つ。
アダム・スミス(1723-1790)が1759年に発表した倫理学書。『国富論』の17年前の著作で、スミスの思想的基盤。人間は『共感(sympathy)』を通じて他者の感情を追体験し、自分の中に『公平な観察者(impartial spectator)』を育てることで道徳判断を獲得するとした。市場の自由は、この道徳的基盤の上に初めて成立する——現代の『スミス問題』論争の核心である。
『道徳経』(老子)は道家思想の根本経典。全81章、5000字余りの短い韻文で、宇宙の根本原理『道』と、その現れとしての『徳』を主題とする。『道可道非常道』で始まり、無為・柔弱・寡欲・小国寡民といった逆説的な統治論・人生論を展開する。『柔弱は剛強に勝つ』『大国は下流なり』など、力の論理を反転させる老子の洞察は、硬直した組織や過剰介入への解毒剤として現代でも読み継がれている。
道徳的判断の真偽は文化・社会・個人の文脈によって異なり、絶対的な道徳的真理は存在しないとする立場。文化人類学の発展とともに20世紀に広まり、今日のグローバルビジネス倫理・多文化共生の文脈でも問われ続けている。
アリストテレス(前384-前322)が『ニコマコス倫理学』で体系化した倫理思想。『何をすべきか』より『どう生きるべきか』を問い、徳とは生まれつきではなく習慣によって形成される人格的卓越性であるとした。現代の『規則倫理』『功利主義』と並ぶ三大倫理学の一つで、習慣・実践・共同体を重視する立場は近年再評価されている。
20世紀中葉の英国(ケンブリッジ・オックスフォード)で展開した哲学運動。後期ウィトゲンシュタイン、J・L・オースティン、ギルバート・ライルらが主導した。伝統的な哲学的難問の多くは日常言語を文脈から切り離した誤用によって生じる擬似問題であり、言葉の実際の使われ方を丹念に分析することで解消できると主張した。
「生まれてこない方がよかった」という命題を哲学的に論証しようとする立場。快楽と苦痛の非対称性を根拠に、生命の誕生は当事者に計り知れない苦痛をもたらすと主張する。2006年のデイヴィッド・ベネターの著作で現代哲学の射程に入り、少子化・生命倫理・実存主義との接点で議論が続いている。
カール・ポパー(1902-1994)が『科学的発見の論理』(1934)で提示した科学哲学の中心概念。科学的仮説は『正しいと証明できる』のではなく、『間違っていたら棄却される条件が明確である』ことで科学となる。帰納法の問題を乗り越え、マルクス主義・精神分析を『非科学』と断じた基準。事業仮説の正しい検証法の原型。
意識は人間や動物に限らず、あらゆる物質の根本的性質に宿るとする形而上学的立場。古代ギリシャのタレスやプラトンに源流を持ち、ライプニッツを経て、デイヴィッド・チャーマーズやフィリップ・ゴフらによって現代の「ハード問題」解決策として再評価された。
1930年代、ホルクハイマーを中心にフランクフルトの社会研究所から生まれた哲学的潮流。近代的理性の矮小化・文化産業による大衆支配・権威主義的パーソナリティを解剖し、「いかなる社会が人間の解放をもたらすか」を問い続けた。アドルノ、マルクーゼ、ハーバーマスへと継承され、現代の組織論・対話設計にも接続される。
18世紀にバウムガルテンが命名し、カントが体系化した哲学の一分野。美・崇高・趣味判断を主題とし、感性と理性の境界を探る。芸術の評価基準から人間の感受性の構造まで、知覚と価値の関係を問う学問である。
アラスデア・マッキンタイア(1929-)が1981年に刊行した倫理学書。原題は『After Virtue』。近代啓蒙以降の倫理学(カント・功利主義)は、徳と共同体の文脈を失った結果、共通の道徳的言語を持たない『情緒主義』に陥ったと診断し、アリストテレス=トマス的徳倫理の復権を訴えた。共同体主義(コミュニタリアニズム)の旗手として、ロールズ的リベラリズムに対抗する論陣を張った。
アルベール・カミュ(1913-1960)が哲学的エッセイ『シーシュポスの神話』(1942)で定式化した概念。不条理(absurde)は世界の中にあるものでも人間の中にあるものでもなく、『意味と統一を求める人間の叫び』と『理不尽な沈黙を返す世界』との対峙から生まれる関係だと論じた。このとき『自殺すべきか』が哲学の唯一の真に重大な問題となる。カミュの答えは自殺でも飛躍(宗教)でもなく、不条理を引き受けて『反抗』しつつ生きること。岩を山頂へ運び続けるシーシュポスを『幸福だと想像しなければならない』。
武士道は中世から近世にかけて武士階級が涵養した倫理規範の総称。儒教・禅・神道を融合し、義・勇・仁・礼・誠・名誉・忠義を軸とする独自の道徳体系を形成した。古典としては山本常朝『葉隠』、大道寺友山『武道初心集』などがあり、近代では新渡戸稲造が1899年に英文『Bushido: The Soul of Japan』を著し、世界に日本の道徳を発信した。日本型リーダーシップの精神的背骨として現代経営論でも参照される。
『風土——人間学的考察』(1935)は和辻哲郎(1889-1960)の代表作。風土とは単なる自然環境ではなく、『人間存在の構造契機』である——そう和辻は定義する。モンスーン・砂漠・牧場の三類型を通じて、気候風土が人間の自己理解・社会構造・宗教を形成する過程を分析した。ハイデガーの『存在と時間』の時間性偏重を批判し、『空間性』と『間柄』から人間を捉え直した、日本発の独創的な人間存在論である。
20世紀後半に物理学・生物学・経済学の境界で発展した学際領域。サンタフェ研究所(1984-)が拠点。多数の要素が単純なルールで相互作用するとき、部分の総和を超えた全体的性質(創発)が現れる。アリのコロニー、脳、都市、経済、生命——従来の還元主義では捉えられないシステムを扱う新しい科学哲学。
カントが1781年に提示した認識論の枠組み。『物自体』とは人間の認識を超えた実在そのもの、『現象』とはそれが感性・悟性によって構成された認識内容を指す。人間は現象しか認識できず、物自体へのアクセスは原理的に不可能とされる。この区分はドイツ観念論の出発点となり、科学と形而上学の限界を画した。
ラッセルとムアが19世紀末のイギリスで観念論に反旗を翻し、論理と言語の精緻な分析を哲学の方法論とした潮流。ウィトゲンシュタイン、フレーゲ、論理実証主義のウィーン学団へと広がり、科学哲学・倫理学・心の哲学など現代哲学の主要分野を形成した。
アリストテレス(前384-前322)が論証(アポデイクシス)の構造を論じた著作。学的知識は第一原理(公理)から必然的に演繹される、という公理体系を提示した。ユークリッド幾何学の背景にある方法論で、後世の科学方法論すべての源流。演繹と帰納の峻別を通じて、『真の知』と『経験的判断』の違いを確立した。
正(テーゼ)・反(アンチテーゼ)・合(ジンテーゼ)の三段階運動によって矛盾を止揚し、より高次の認識へ到達する哲学的方法論。古代ギリシャのソクラテスに源流を持ち、ヘーゲルが観念論として体系化、マルクスが唯物論へ応用した。思考と現実の双方に適用される。
パウル・ファイヤアーベント(1924-1994)が1975年に刊行した『方法への挑戦』(Against Method)。科学史を精査し『絶対の方法ルールは存在しない』と結論。ガリレオもニュートンも時に『非合理』な手段で科学を進めたと論じ、『何でもあり』(anything goes)と宣言。方法論の多元主義と、科学の権威主義への痛烈な批判。
ルネ・デカルト(1596-1650)が1637年に刊行した『方法序説』。全ての権威を疑い、明晰判明な観念のみを真理の基準とする方法的懐疑を展開。『われ思う、ゆえにわれ在り』(コギト)に至り、4つの方法規則(明証・分析・総合・枚挙)を提示した。近代合理主義の出発点であり、問題解決の思考フレームの原型。
ルネ・デカルト(1596-1650)が『方法序説』『省察』で展開した認識論の方法。感覚・推論・全ての知識を一度疑い、疑いえないものに到達する。『我思う、故に我あり(コギト・エルゴ・スム)』という近代哲学の出発点を生み、西洋思想を中世的権威から解放した。経営における前提検証の原型となる思考法。
老子・荘子を祖とする道家思想の中核概念。『無為』とは何もしないことではなく、『作為を加えない、力ずくで結果を得ようとしない』こと。『自然』は『自ずから然り』、物事がそれ自体として成ること。統治者の理想形として、そして個人の生き方として、老荘思想は『介入の美学』を説く。過剰な介入を控える現代経営論と深く響き合う。
ジョン・ロールズ(1921-2002)が『正義論』(1971)で提示した思考実験。人が自分の性別・才能・財産・人種を知らない『原初状態』に置かれたら、どのような正義の原理を選ぶか。自己の立場を知らないからこそ、誰にとっても公正な制度を選ばざるを得ない——この装置が、20世紀後半の政治哲学を書き換えた。制度設計の公平性テストの原型。
孟子(前372頃-前289頃)は孔子の孫・子思の門下に学び、儒教の正統後継者として位置づけられる戦国時代の思想家。中心思想は『性善説』——人間の本性は善であり、四端(惻隠・羞悪・辞譲・是非の心)として萌芽している。また覇道(力の政治)を退け『王道』(徳による政治)を説き、民を重視する『民貴君軽』を掲げた。人間への根本的信頼に立つ孟子の思想は、信頼ベースの組織論の原点である。
ギリシャ語のテロス(目的・終極)に由来する哲学的立場。アリストテレスが四原因論の「目的因」として定式化した。事物の意味をその終極状態から問うアプローチで、中世神学の設計論証、カントの目的論的判断力、現代の経営戦略論まで多岐にわたる射程を持つ。
自分の意識のみが確実に存在し、外部世界・他者の実在は原理的に証明不可能だとする哲学的立場。語源はラテン語の solus(独り)と ipse(自己)。デカルトの方法的懐疑を端緒に展開し、他者の内的意識を確認できないという「他者問題」を派生させた。論理的には反駁困難でありながら、実践的に採用することが不可能な理論として哲学史に位置づけられる。
唯識(ゆいしき、梵 Vijñaptimātratā)は4-5世紀のインドで無着・世親兄弟が体系化した大乗仏教の学派。『三界は唯だ識のみ』——我々が経験する世界はすべて心(識)の顕現である、と説く。八識(眼耳鼻舌身意+末那識+阿頼耶識)の精緻な分析で、深層意識が経験世界を構築する過程を解明した。中観と並ぶ大乗二大学派であり、認知科学・深層心理学と響き合う東洋的な心の哲学である。
物質を世界の根本原理とし、意識や精神は物質的過程から派生すると考える哲学的立場。古代ギリシャのデモクリトスに源を持ち、マルクス・エンゲルスによって弁証法的唯物論として体系化された。現代では神経科学・認知科学とも接続する。
ゴットフリート・ライプニッツ(1646-1716)が『単子論(モナドロジー)』(1714)などで展開した形而上学的原理。世界は『窓のない単子(モナド)』という無数の精神的実体からなり、各単子は独立して自らの原理で変化するが、神の創造時の設計により互いに完璧に協調する。デカルトの心身二元論が抱えた相互作用の難問を解決する仕組みとして構想された。『可能世界のうち最善のもの』というオプティミズムと結びつき、ヴォルテールらから痛烈な批判も受けた独創的体系。
すべての出来事が因果的に決定されていても、自由意志と道徳的責任は成立すると論じる哲学的立場。ホッブズ・ヒュームの「強制なき行為を自由とみなす」定義に始まり、フランクファートの階層的欲求論へと発展した。制約の中の自律という概念は、組織設計と責任論に直接の示唆をもつ。
フリードリヒ・ニーチェが1880年代の主要著作で展開した概念。あらゆる生命・人間に内在する根本的な衝動として、単なる権力欲や自己保存欲求を超え、「自己を乗り越えて成長し続ける意志」と定義される。誤読・誇大利用の歴史をたどりながら、現代の組織論・リーダーシップ論に接続できるフレームでもある。
フリードリヒ・ハイエク(1899-1992)が1944年に刊行した政治経済学の名著。社会主義的計画経済は善意から出発しても必然的に全体主義に帰結するという主張を、知識の分散性と価格メカニズムの不可欠性から論証した。第二次大戦期に書かれ新自由主義の思想的支柱となり、サッチャー・レーガン時代の政治転換に直接影響を与えた。
『論語』は孔子(前551頃-前479)とその弟子の言行を記録した儒教の根本経典。全20篇、約500章からなる短い対話・箴言の集成で、孔子の死後に弟子・孫弟子たちが編纂した。中心概念は『仁』(人を思いやる心)、『礼』(社会の秩序と作法)、『学』(絶え間ない自己研鑽)。2500年にわたり東アジアの倫理・政治・教育の基層を形成し、現代でもリーダーシップ論の原典として読み継がれている。
1920年代、モーリッツ・シュリック率いるウィーン学団が体系化した哲学運動。「命題の意味はその検証方法にある」という検証原理を核とし、形而上学的言明を無意味として排除した。論理学と経験科学の統合を目指したが、カール・ポパーの反証主義によって根本的な批判を受け、20世紀後半には分析哲学へと吸収されていった。
荀子(前313頃-前238頃)は戦国末期の儒家で、孟子の性善説に対し『性悪説』を掲げた。『人の性は悪、その善なる者は偽(人為)なり』——人間の本性は欲望に傾くが、『礼』という人為的制度によって矯正可能である。弟子には法家を大成した韓非・李斯がおり、荀子思想は儒法折衷の源流となった。制度設計とインセンティブ論の東洋的原点として、現代のガバナンス論と響き合う。