『西遊記』に学ぶ、異質な仲間で長旅を完遂する条件
三蔵・孫悟空・八戒・沙悟浄。能力もモチベーションもバラバラな一行が17年の旅を完遂した。多様性経営の原型がそこにある。
文学
主なテーマ
ジョージ・オーウェルが一九四九年に刊行した長編小説。核戦争後の超国家オセアニアで、党と指導者ビッグ・ブラザーがあらゆる生活を監視する。真理省に勤める下級党員ウィンストン・スミスは、禁じられた日記を書き、党員ジュリアと恋に落ち、地下組織を探すが、全ては党の仕掛けだった。拷問と洗脳の末、彼は「ビッグ・ブラザーを愛していた」と呟いて破滅する。
英国人作家ジェームズ・クラベルが1975年に発表した歴史小説。英国人航海士ジョン・ブラックソーンが戦国末期の日本に漂着し、大名・虎長(とらなが)と関係を結んでいく過程を軸に、武士道・忠義・権力闘争を描く。実在の人物ウィリアム・アダムズと徳川家康をモデルにしており、2000万部超の世界的ベストセラーとなった。
前29〜前19年にウェルギリウスが著した12巻のラテン語叙事詩。トロイア滅亡後のアエネーアスのイタリア建国を描く。ホメロスを範としながら、義務(ピエタス)と運命(ファトゥム)の緊張を主題の核に据え、ヨーロッパ文学の正典となった。
1960年にハーパー・リーが発表し翌年ピュリッツァー賞を受賞した長編小説。1930年代の架空の町メイコムを舞台に、弁護士アティカス・フィンチが人種偏見の渦巻く法廷で黒人男性の無実を訴える姿を、娘スカウトの視点から描く。道徳的勇気と共感の古典として今日も読み継がれている。
レフ・トルストイが一八七三年から七七年にかけて執筆した長編小説。高級官僚の妻アンナ・カレーニナが、若き士官ヴロンスキーと恋に落ちて家庭を捨て、社交界から疎外され、最後には鉄道自殺を遂げる。地主レーヴィンとキチイの結婚生活と並行して描かれ、家族・階級・信仰・農業近代化といった同時代ロシアの全主題を網羅する。
紀元前八世紀ごろ成立したとされる古代ギリシアの長大な叙事詩。全二十四歌、約一万五千行にわたり、トロイア戦争十年目に起きたアキレウスの怒りと、それがもたらす破局を描く。西洋文学の源流とされ、英雄の栄光と人間の有限性を主題化した最古の作品である。
1886年、レフ・トルストイが発表した中編小説。ロシアの高等裁判所判事イワン・イリイチが不治の病に倒れ、死を前に「模範的な生」の空虚さを自覚する過程を描く。社会的体面と真正な生の乖離、死の受容と自己変容の構造を精緻に描写し、実存主義文学の先駆として世界的に評価される。
シェイクスピアが一五九六年から九八年にかけて執筆した喜劇。ヴェニスの商人アントーニオは、友人バッサーニオのために金貸しシャイロックから大金を借り、期限までに返せなければ胸の肉一ポンドを与えるという証文を交わす。船団の遭難で返済が不能となり、シャイロックは証文通りの実行を法廷で求める。ユダヤ人差別・商業倫理・愛と友情を絡めた両義的な作品。
1854年刊行。ソローがマサチューセッツ州コンコード郊外のウォールデン池畔に小屋を建て2年余りを独居した記録。産業化・商業化への批判を根底に、簡素な生活と自然観察を通じて真に生きることの意味を問う。超絶主義思想の代表的散文。
アレクサンドル・プーシキンが1825〜33年に章ごと発表し、1833年に完結した韻文小説。全8章、「オネーギン・スタンザ」と呼ばれる独自の14行詩形式で書かれる。批評家ベリンスキーに「ロシア生活の百科全書」と称され、行動力を欠いた知識人像「余剰人間(リーシニー・チェロヴェーク)」の原型として後世の文学に決定的影響を与えた。
ミシェル・ド・モンテーニュ(1533–1592)がフランス語で著した107篇の散文集。初版1580年。「クセジュ(私は何を知るか)」の問いを軸に、自己観察を通じて人間本性の普遍を探る。エッセイという文学ジャンルの創始であり、デカルト以降の近代哲学にも影響を与えた。
1952年刊行のジョン・スタインベック畢生の長編。カリフォルニア州サリナス渓谷を舞台に、トラスク家とハミルトン家の二世代を追う。ヘブライ語「ティムシェル(汝は征服できるであろう)」に宿る自由意志の問いが主題の核を成す。
ジェイン・オースティンが1815年に刊行した長編小説。裕福で聡明なエマ・ウッドハウスが、周囲の人間の恋愛を自在に操れると信じて干渉を重ねるが、ことごとく見当違いであることが明かされる。卓越した劇的アイロニーと自己認識の失敗を描いた作品として、英文学の最高傑作のひとつに数えられる。
1762年、ジャン=ジャック・ルソーが著した教育哲学の主著。架空の少年エミールを主人公に、乳幼児期から成人に至る5段階の発達を論じる。社会の悪習から子どもを守り、自然の秩序に従った教育によって自由で徳のある人間を育てるという思想は、近代教育学の礎となった。
俳諧師松尾芭蕉が、一六八九年、四十六歳の春に門人曾良を伴って江戸深川を発ち、奥州・出羽・北陸を巡って大垣に到る約百五十日の旅をもとに、晩年まで推敲を重ねて成立させた俳諧紀行文。全五十一章段に、約五十句の発句が散りばめられる。「月日は百代の過客にして」で始まる冒頭は、日本紀行文学の金字塔として知られる。
1603年頃にシェイクスピアが書いた悲劇。ヴェネツィアのムーア人将軍オセロが、部下イアーゴーの巧みな欺瞞によって妻デズデモーナへの嫉妬を植え付けられ、信頼と愛を自ら破壊する過程を描く。嫉妬・操作・信頼崩壊を主題とし、組織論やリーダーシップ論に多くの示唆を与える古典。
1843年、デンマークの哲学者ソーレン・キェルケゴールがヨハネス・デ・シレンティオの偽名で発表。旧約聖書のアブラハムによるイサク奉献を題材に、「倫理の目的論的停止」と「信仰の跳躍」を論じる。実存主義の源流となった著作であり、合理性では割り切れない決断と責任の本質を抉る。
『イーリアス』と並ぶホメロスの代表作。全二十四歌で、トロイア戦争後に故郷イタケへ帰還しようとするオデュッセウスの十年間の放浪と、王国再奪回を描く。怪物・魔女・冥界を経巡る冒険と、知略による生還の物語が、西洋における「旅」の原型を作った。
前458年、アイスキュロスがアテナイで上演した三部作悲劇。『アガメムノン』『コエーポロイ』『エウメニデス』で構成される。トロイア戦争後のアトレウス家に連鎖する殺害と復讐を軸に、個人的血讐から国家的司法制度への移行を描く。現存するギリシャ三部作悲劇として唯一完全な形で残る。
アリス・ウォーカーが1982年に発表した書簡体小説。20世紀初頭のジョージア州農村を舞台に、家庭内暴力と人種差別に苦しむ黒人女性セリーが、シスターフッドと自己表現を通じて自立していく物語。ピューリッツァー賞・全米図書賞を受賞した。スピルバーグ監督による映画化(1985年)でも世界的に知られる。
フョードル・ドストエフスキーが一八七九年から八〇年にかけて雑誌連載し刊行した最後の長編小説。放蕩な父フョードル・カラマーゾフと、激情家のドミートリー、無神論者のイワン、信仰者のアリョーシャ、私生児スメルジャコフという三人と一人の息子が、父殺しをめぐって交錯する。宗教・倫理・自由意志・社会変革の全問題を一篇に収めた思想小説の頂点である。
アイルランドの聖職者ジョナサン・スウィフトが一七二六年に刊行した諷刺小説。船医レミュエル・ガリヴァーが四度の航海で、リリパット(小人国)、ブロブディンナグ(巨人国)、ラピュータ(空飛ぶ島)、フウイヌム(馬の国)を訪れる。各国を通して当時のイングランド政治、学問の虚飾、人間性そのものを痛烈に風刺した近世文学の代表作。
イングランドの詩人ジェフリー・チョーサーが一三八七年ごろから執筆した物語集。カンタベリーの聖トマス・ベケットの墓を訪れる二十九人の巡礼者たちが、旅の退屈を紛らわすために語る二十四の物語を収める。騎士から粉屋、修道女から税吏まで、中世イングランド社会の全階層を活写した傑作である。
1759年発表のヴォルテールによる哲学的コント。ライプニッツの「最善世界説」を諷刺した。主人公カンディードが戦争・宗教裁判・自然災害と遭遇し、楽観主義の欺瞞を体験する旅を経て、「われわれは庭を耕さなければならない」という実践的態度に至る。啓蒙主義文学の代表作。
1961年刊のジョセフ・ヘラー小説に由来する語。「狂人は飛行免除を申請できるが、申請すること自体が正気の証明になる」というループ的矛盾から生まれた。今日では官僚制・組織論・意思決定論において、構造が生み出す脱出不能な罠を指す普通名詞として英語圏に定着している。
前2100年頃から粘土板に刻まれた古代メソポタミアの叙事詩。ウルク王ギルガメシュが盟友エンキドゥの死に直面し、不死を求めて世界の果てへ旅する。「人は死ぬ、しかし業績は残る」という主題は、現代の意味論的不死観の原型でもある。
アメリカの作家F・スコット・フィッツジェラルドが一九二五年に刊行した長編小説。禁酒法時代のロングアイランドで、謎の富豪ジェイ・ギャツビーが、かつて愛した人妻デイジー・ブキャナンの関心を取り戻そうと毎晩豪奢なパーティを開く。語り手ニック・キャラウェイの視点から、華やかな一九二〇年代の裏にあるアメリカン・ドリームの幻想と空虚を描く。
1914年、朝日新聞に連載された夏目漱石の代表作。語り手の青年と謎めいた「先生」の関係を軸に、友人Kへの裏切りと自責が生んだ孤独を描く。「明治の精神」の終焉とともに先生が自裁するラストは、個人の内面と時代の断絶を凝縮した。
1953年パリ初演。ベケットがフランス語で書き英語に自訳した二幕劇。ヴラジーミルとエストラゴンがゴドーという人物を待つが、ゴドーは最後まで現れない。不条理演劇の代名詞であり、「何も起こらない、しかし二度」と評された。20世紀演劇の転換点として、存在・時間・行為の無根拠性を舞台に刻んだ。
オノレ・ド・バルザックが1835年に発表した長編小説。製麺業で財をなしたゴリオ翁が娘たちへの無私の愛のために身を滅ぼす姿を描く。野心家の青年ラスティニャックとの交錯を通じて、金と愛情が支配するパリ社会を解剖した『人間喜劇』の中核作。
1942年、アルベール・カミュが発表した哲学的エッセイ。ギリシャ神話のシーシュポス——永遠に岩を山頂へ押し上げるよう罰せられた人物——を主人公に、不条理という人間的条件を論じる。カミュはシーシュポスを「幸福な人間」と断言し、意味のない労働への反抗そのものを生の根拠とした。
1847年、シャーロット・ブロンテがカラー・ベルの筆名で発表した長編小説。孤児の家庭教師ジェーンが、ソーンフィールドの主人ロチェスターへの愛と道徳的自立の間で葛藤する。一人称の内面告白と女性の自律を前景化した語りは、ヴィクトリア朝文学の転換点であり、現代フィクションの原型ともいえる作品。
1922年、ヘルマン・ヘッセ発表の成長小説。古代インドを舞台に、バラモンの青年シッダールタが苦行者・遊び人・商人を経て川の渡し守となり、直接体験を通じて悟りに至る。師や教義ではなく、体験こそが真理への唯一の道であるという主題を持つ。
英国の作家オルダス・ハクスリーが一九三二年に刊行したディストピア小説。西暦二五四〇年の世界国家では、人間は試験管で製造され階級ごとに条件づけられ、不安は薬物ソーマで抑えられる。安定と幸福が何よりも優先され、芸術・宗教・家族は廃絶される。保留地で育った「野蛮人」ジョンの出現が、文明の空虚を照射する。オーウェル的恐怖統治とは異なる快楽的隷属の原型。
1969年刊行。主人公ビリー・ピルグリムは第二次大戦中のドレスデン爆撃を生き延び、時間旅行者となる。「そういうものだ(So it goes)」という反復句が死の普遍性を静かに告げる。反戦・反英雄・SF的時間論が交差する、ヴォネガットの代表作にして20世紀アメリカ文学の頂点のひとつ。
1946年刊、ニコス・カザンザキス作。クレタ島を舞台に、思索過剰の語り手と束縛を笑い飛ばすアレクシス・ゾルバの出会いを描く。ゾルバは「考える前に動く」生の権化として20世紀文学を代表する人物像の一つとなった。1964年映画化(アンソニー・クイン主演)によって世界的に知られる。
ヘブライ語聖書「諸書」に属する全8章の詩集。ソロモン王に帰属されるが、言語分析では前5〜3世紀の成立が有力とされる。神の名も登場しない官能的な愛の詩でありながら、ラビ・アキバが「至聖なる書」と擁護したことで正典に収められた。中世神秘主義から近代文学まで広範な影響を持つ。
1925年にヴァージニア・ウルフが発表したモダニズム小説。ロンドンの一日(1923年6月)を舞台に、上流社会の女主人クラリッサと第一次世界大戦の傷を負う帰還兵セプティマスの並行する意識を描く。「意識の流れ」技法の代表作であり、時間・記憶・アイデンティティの断片的な構造が特徴。
フリードリヒ・ニーチェが1883〜85年に発表した散文詩形式の哲学書。「神は死んだ」と宣言したのち、人間が乗り越えるべき目標として「超人(ユーバーメンシュ)」を提示し、あらゆる瞬間の永遠の反復を引き受けよとする「永劫回帰」の思想を展開した。西洋近代哲学の転換点。
チャールズ・ディケンズが1849〜50年に発表した半自伝的長編小説。孤児同然の境遇から作家として自立するデイヴィッドの軌跡を通じ、ヴィクトリア朝の階級格差・貧困・教育・人間関係の機微を描く。ディケンズが「最愛の作品」と呼んだ代表作。
フィレンツェの作家ジョヴァンニ・ボッカチオが一三四九年から一三五三年にかけて執筆した物語集。黒死病が猛威を振るう都市を逃れた七人の女性と三人の男性が、郊外の別荘で十日間にわたり一人一日一話、計百話を語る。中世の宗教的世界観を相対化し、ルネサンスの到来を告げた記念碑的作品である。
シェイクスピア晩年のロマンス劇で、単独執筆の最後の戯曲。ミラノを追放された大公プロスペロは、孤島で魔術を修め、幼い娘ミランダと精霊エアリエル、怪物キャリバンと暮らす。十二年後、弟らが乗る船を嵐で島に導き、復讐の機会を得るが、最後には魔術を捨てて赦しを選ぶ。作家自身の引退を重ねて読まれてきた作品である。
ボリス・パステルナーク(1890-1960)が1945年から1955年にかけて執筆し、1957年イタリアで初刊行した長編小説。ロシア革命と内戦を舞台に、医師で詩人のユーリ・ジバゴと女性ラーラの愛と離別を描く。ソ連では発禁処分となり、パステルナークは1958年のノーベル文学賞受賞を強制辞退させられた。ソ連国内での正式刊行は1988年。
ブラム・ストーカーが1897年に発表した書簡体ゴシック小説。トランシルヴァニアの吸血鬼伯爵を軸に、科学と迷信、異質な他者への恐怖を描く。現代の吸血鬼フィクションの原型であり、情報の非対称性や組織的脅威対応を考えるアナロジーとしても機能する。
1890年、オスカー・ワイルドが発表した唯一の長編小説。永遠の若さを保つ美青年と、代わりに老いと腐敗を刻む肖像画の二重構造により、美・快楽・良心の三項対立を描く。ヴィクトリア朝の道徳観への批判と退廃主義の美学を凝縮した作品。
ミゲル・デ・セルバンテスが前篇一六〇五年、後篇一六一五年に刊行した長編小説。騎士道物語を読みすぎて狂気に陥った郷士アロンソ・キハーノが、ドン・キホーテと名乗って遍歴の騎士となり、従士サンチョ・パンサを従えて妄想と現実のはざまを旅する。近代小説の始祖とされ、理想主義と現実主義の永遠の対比を刻んだ。
1630年頃、ティルソ・デ・モリーナの戯曲『セビーリャの色事師』に登場した架空の貴族。モリエール、モーツァルト、バイロンらが競って描き、不死の文学的原型となった。征服の連鎖を止められない欲望——その心理はオットー・ランクによって「ドン・ファン複合」として精神分析的に解明された。
村上春樹が1994〜95年に新潮社から発表した長編三部作。平凡な男・岡田亨が失踪した妻と猫を探す過程で、ノモンハン事件の暴力や現代日本に潜む闇へと引き込まれていく。「井戸」「ねじまき鳥」「烙印」等の象徴が絡み合い、個人の内的旅行と歴史的集合記憶を一体化させた村上文学の集大成として評価される。
1987年刊行。村上春樹が初めて写実的手法で書いた長編で、国内累計1000万部を超えるベストセラーになった。1960年代末の東京と京都を舞台に、主人公ワタナベが友人の死を契機に二人の女性と向き合いながら喪失と再生を経験する。ビートルズの同名曲が作品世界の通奏低音をなす。
アメリカの作家マーク・トウェインが一八八四年に刊行した長編小説。酔漢の父から逃れた少年ハックが、売り飛ばされそうな黒人奴隷ジムと出会い、二人でミシシッピ川を筏で下る。南部社会の偽善・奴隷制・宗教・暴力を、子どもの素朴な視点から描くアメリカ文学の古典で、ヘミングウェイは「すべての近代アメリカ文学はこの一冊から始まる」と評した。
ウィリアム・シェイクスピアが一六〇〇年ごろに執筆した四大悲劇の一つ。デンマーク王子ハムレットは、父王を殺して母と結婚した叔父クローディアスへの復讐を亡霊から命じられる。実行を躊躇しながら狂気を装い、内省の言葉を重ねる王子の姿が、近代的な自意識の原型として文学史に刻まれた。
1987年発表、トニ・モリスン著。南北戦争後のオハイオを舞台に、逃亡奴隷の母セシーが自ら手にかけた幼い娘の亡霊に取り憑かれる物語。実在した逃亡奴隷マーガレット・ガーナー事件を下敷きに、奴隷制が人間の魂に刻んだ傷を「記憶」の概念で解剖する。1988年ピュリッツァー賞受賞。
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテが六十年近い歳月を費やして書き上げた劇詩。第一部は一八〇八年、第二部は一八三二年、ゲーテ没後に刊行。あらゆる知を極めた老学者ファウストが、悪魔メフィストフェレスと魂を賭けた契約を結び、快楽・権力・美・事業を経めぐる。近代精神の野心と限界を凝縮した二万行超の大作である。
1939年刊行。ジェイムズ・ジョイスが17年かけて書いた最後の長編。英語を軸に60以上の言語を混成させた造語と掛け言葉で構成され、アイルランド人HCEの夢の一夜を描く。ヴィーコの循環史観を骨格に、神話・歴史・日常が渾然一体となった20世紀文学最大の実験作。
メアリー・シェリーが1818年に発表したゴシック小説。科学者ヴィクター・フランケンシュタインが死体を繋ぎ合わせて命を吹き込み、醜悪な怪物を生み出す。怪物は孤独と拒絶の中で憎悪を育て、創造者を破滅へ追い込む。近代SFの始祖とも呼ばれ、技術・倫理・創造者責任の原型的寓話として今日も参照される。
1959年にギュンター・グラスが発表した長編小説。ダンツィヒを舞台に、3歳で成長を止めた少年オスカル・マツェラートが語り手を務める。大人世界への不参加を貫くオスカルを通じ、ナチズムへの市民の加担と政治的無関心の共犯性を照射する。ドイツ戦後文学の転換点。
古英語で書かれた現存最古の大叙事詩(全3182行)。ゲート族の戦士ベーオウルフがデンマーク王フロースガールの宮廷を脅かす怪物グレンデル一族を討伐し、帰国後は王として50年間統治したのち、竜との戦いで命を落とす。英雄の名声・宿命・死の受容を貫くテーマとする。
アルベール・カミュが一九四七年に刊行した長編小説。アルジェリアの港町オランが突然ペストに襲われ、都市は封鎖される。医師ベルナール・リウーを中心に、新聞記者タルー、カトリックの神父パヌルー、役人グランらが、それぞれの立場で疫病と戦う。ナチズムの隠喩として読まれると同時に、不条理な災厄に対する連帯の倫理を描いた二十世紀文学の重要作である。
ポーランドの伝説的ジャーナリスト、リシャルト・カプシチンスキが2004年に著したノンフィクション。1956年にインド取材で贈られたヘロドトスの『歴史』を傍らに、40年間の特派員人生を回想する。他者への好奇心という共通の軸でジャーナリズムと古典が交差する。
ギュスターヴ・フロベールが1857年に発表した長編小説。田舎の開業医に嫁いだエマ・ボヴァリーが、通俗ロマン小説で培った夢想と現実の落差に耐えられず、不倫と浪費の末に自滅する。無味乾燥な近代的日常への反逆と敗北を、徹底した客観描写で刻み込んだ写実主義文学の金字塔。
シェイクスピア四大悲劇の一つ。スコットランドの勇猛な武将マクベスが、荒野で出会った三人の魔女から王となる予言を受け、妻の唆しで主君ダンカン王を暗殺する。王位に就いた後も疑心暗鬼に駆られ殺戮を重ね、最終的には自らも討ち取られる。権力への野心が人間を蝕む過程を極限まで凝縮した短篇悲劇である。
アレクサンドル・デュマ(父)が一八四四年から四六年にかけて新聞連載した長編冒険小説。有能な若き船員エドモン・ダンテスは、嫉妬と陰謀により政治犯として十四年間シャトー・ディフの牢獄に閉じ込められる。脱獄後、モンテ・クリスト島の宝を得て莫大な富を手に入れ、モンテ・クリスト伯爵としてパリに現れ、周到な計画で敵たちを一人ずつ破滅させていく。
アイルランドの作家ジェイムズ・ジョイスが一九二二年にパリで刊行した長編小説。一九〇四年六月十六日、ダブリンの広告取りレオポルド・ブルームと、知識人青年スティーヴン・ディーダラスの一日を、全十八エピソードで描く。各章は異なる文体で書かれ、ホメロス『オデュッセイア』と対応する構造を持つ。意識の流れ手法を駆使した二十世紀モダニズム文学の頂点。
シェイクスピア四大悲劇の一つ。老いたブリテン王リアは、三人の娘の愛情表現の大きさによって王国を分割しようとする。追従する長女と次女に領土を与え、誠実な三女コーディーリアを追放する。やがて長女と次女に裏切られたリアは、嵐の荒野で狂気に陥り、真の愛情に遅れて気づく。権力と認識の錯誤を極限で描いた作品である。
ジャラール・アッディーン・ルーミー(1207-1273)が著した詩集群の総称。代表作『マスナヴィー』は全6巻・約2万7千対句から成り、「ペルシア語のクルアーン」と称される。精神的師シャムスへの愛に触発された抒情詩集『ディーワーン・イ・シャムス』とともに、スーフィズム文学の双璧を成す。
フランスの大作家ヴィクトル・ユゴーが亡命中の一八六二年に刊行した五部構成の大長編。徒刑囚ジャン・ヴァルジャンが司教の慈悲によって更生し、市長として生き直し、養女コゼットを育てる。革命家たちのバリケード戦、宿敵ジャヴェール警視との因縁、一八三二年のパリ蜂起を背景に、社会の悲惨と人間の尊厳を描ききった十九世紀小説の金字塔。
イングランドのダニエル・デフォーが一七一九年に刊行した長編小説。航海に憧れた商人の息子ロビンソン・クルーソーは、難破して無人島に一人漂着し、二十八年にわたって生存を続ける。道具を作り、農耕を始め、フライデーを従者にし、ついには救出される。ブルジョア的労働倫理と植民地主義を体現した近代小説の金字塔である。
ウィリアム・シェイクスピアが1594〜96年頃に執筆したとされる悲劇。モンタギュー家とキャピュレット家の確執のなか、短い恋と死に至る二人の若者を描く。組織間対立が個人の意志を圧倒する構造は、現代のビジネス・政治状況に直結する古典的モデルとして読まれ続けている。
ロシア系アメリカ人作家ウラジーミル・ナボコフ(1899-1977)が1955年にパリで刊行した長編小説。12歳の少女ドロレス・ヘイズへの偏執的な愛を独白形式で描く。禁書論争を経て20世紀英語文学の傑作と評価され、「不信頼な語り手」技法の代表例として現在も論じられる。
シャルル・ボードレールが1857年に発表したフランス語詩集。美・愛・死・悪を主題に、官能と精神の葛藤を詩語で結晶化した。発表時に風紀紊乱罪で起訴され6編が削除命令を受けたが、象徴主義以降の近代詩に決定的影響を与えた。
サルマン・ラシュディが1988年に発表した長編小説。イスラームの預言者ムハンマドを冒涜するとしてホメイニー師が死刑のファトワーを発令。日本語訳者・五十嵐一筑波大助教授が1991年に刺殺されるなど、表現の自由と宗教的権威の衝突を象徴する20世紀最大の言論弾圧事件となった。
1899年発表、ジョゼフ・コンラッド著の中編小説。語り手マーロウがコンゴ奥地へ向かい、象牙交易の代理人クルツの末路を目撃する。ベルギー領コンゴの植民地収奪を内側から告発しつつ、文明と野蛮の境界線を問い直した。20世紀英文学の礎のひとつ。
殷周交替期(前11世紀)に原型が形成されたとされる中国最古の古典の一つ。八卦・六十四卦の象徴体系で宇宙の変化と秩序を記述する。占筮書として出発しながら、孔子学派による「十翼」の付加により深化。陰陽の動態的均衡という思想は現代のシステム思考・変化対応論の原型でもある。
フランスの作家アルベール・カミュが一九四二年に刊行した最初の長編小説。アルジェのサラリーマン、ムルソーは母の葬儀で涙せず、翌日には海水浴と情事を愉しみ、やがて太陽に眩んで見知らぬアラブ人を殺害する。裁判では殺人そのものより「母の葬儀で泣かなかった」ことが非難され、死刑を宣告される。不条理の哲学を小説化した二十世紀文学の金字塔である。
アメリカのSF作家レイ・ブラッドベリが一九五三年に刊行した長編小説。書物の所持が禁じられ、消防士(ファイアマン)が火を消す代わりに本を焼くことを任務とする近未来社会。消防士ガイ・モンターグは、奇妙な隣人クラリスとの出会いを経て、自分が焼く本に何が書かれているかを問い始める。書名は紙の発火点とされる華氏四五一度(摂氏二三三度)に由来する。
2002年刊行。15歳の少年・田村カフカが東京を脱出し、四国・高松の図書館に辿り着く物語と、猫と話す老人・中田さんの物語が並走する。オイディプス神話とカフカ文学を下敷きに、意識と無意識、記憶と喪失、父と子の対立を描く。
ピエール・ショデルロ・ド・ラクロが1782年に発表した書簡体小説。旧体制フランスの貴族社会を舞台に、メルトゥイユ侯爵夫人とヴァルモン子爵という二人の策士が性的征服を武器に互いを操り合う。快楽の道具として他者を支配しようとする者が最終的に自滅する構造は、権力・信頼・評判をめぐる普遍的な問いを提起する。
クヌート・ハムスン(1859-1952)が1890年に発表したノルウェー語小説。クリスチャニア(現オスロ)で飢えながら創作を続ける無名作家の内的独白を描く。カフカ・ヘンリー・ミラーらに影響を与え、20世紀モダニズム文学の源流の一つとされる。
吉川英治作の長編歴史小説(1935-1939年連載)。荒くれ者の青年・武蔵が厳しい修行を通じて剣の道を極め、人間として完成していく過程を描く。沢庵宗彭、佐々木小次郎ら個性的な人物との交差を通じ、剣禅一如の思想世界を構築する。
1940年にブルガーコフが没したのち、妻エレーナの尽力で1967年に初公刊された長編小説。ヴォランドと名乗る悪魔が1930年代のモスクワに現れ、体制に迎合する知識人社会を翻弄する。ポンティウス・ピラトとイエスの物語が並走する二重構造を持ち、全体主義下の創作と権力の関係を問う。
1929年、ウィリアム・フォークナー発表。ミシシッピ州の名門コンプソン家の没落を、知的障害者・学生・冷笑家・黒人女性という四者の視点で語る。タイトルはシェイクスピア『マクベス』の一節に由来。意識の流れ・時制の解体・語り手の信頼不能性を極限まで押し進めた、20世紀英語小説の頂点に位置する作品。
1950年に実際に起きた金閣寺放火事件を素材に、三島由紀夫が1956年に発表した長編小説。主人公・溝口の吃音と劣等感が「絶対的な美」への強迫へと転化し、最終的な放火行為に至る心理過程を緻密に描く。美・虚無・自己否定を軸にした戦後文学の代表作。
ラルフ・エリスン(1913-1994)が1952年に発表した長編小説。名前を持たない黒人青年が南部からニューヨークへ渡り、社会的不可視性と格闘する一人称の語りで構成される。「見えない」とは人種的偏見によって他者の意識から消去される状態を指す。1953年全米図書賞受賞。アフリカ系アメリカ文学の頂点として位置づけられる。
11世紀初頭、紫式部が著した全54帖の長編物語。光源氏という理想的貴公子を主人公に、平安宮廷の愛・政治・無常を描く。「もののあわれ」という美的感覚の源泉として日本文化に深く根を下ろし、世界最古の長編小説の一つとして国際的にも評価される。
延喜5年(905年)、醍醐天皇の勅命で紀貫之・紀友則・凡河内躬恒・壬生忠岑が編纂した日本最初の勅撰和歌集。全20巻・約1111首を収め、万葉集以後約150年の秀歌を集成した。紀貫之の仮名序は日本語による最初の文学論として、「心」と「詞」を和歌の本質に据える美意識を定めた。
清代中期、曹雪芹(一七一五頃-一七六三頃)が晩年に書いた長編小説。前八十回が曹の手稿、後四十回は高鶚の続作とされる。清朝の貴族賈家を舞台に、詩才ある少年賈宝玉と、虚弱な従妹林黛玉、現実家の薛宝釵との三角関係、栄華を極めた賈家の没落を描く。人物造形の深さと詩文の豊かさにおいて、中国小説の最高峰とされる。
1922年、T・S・エリオットが発表した434行の長編詩。「死者の埋葬」から「雷鳴の言葉」まで5部構成で展開し、廃墟と再生という普遍的テーマを神話・多言語引用・断片的語りで編み上げた。第一次大戦後の文明の崩壊感を象徴する作品として、ジョイスの『ユリシーズ』と並ぶ20世紀英語文学の金字塔。
1813年刊。ベネット家の次女エリザベスと資産家ダーシーの対立と和解を軸に、摂政時代イギリスの階級規範・結婚制度・自己認識の盲点を解剖した作品。「高慢」と「偏見」がそれぞれダーシーとエリザベスに当てられるかと見せて、実は両者が双方の欠陥を体現するという逆説的構造が批評的に評価される。
1765〜1770年に執筆され死後に出版された全12巻の自伝。幼少期から壮年期を包み隠さず記述し、恥や失敗まで告白した。近代自伝文学の原型であり、個人の内面を文学の正当なテーマとして確立した先駆的作品。
ウジェーヌ・イヨネスコが1959年に発表した三幕の戯曲。ある町でサイへの変身が連鎖し、気づけば主人公だけが人間として残される。ファシズムや全体主義への自発的同調という20世紀の経験を寓話として描き、集団心理・孤立の恐怖・個の抵抗という普遍的主題を持つ。
フョードル・ドストエフスキーが一八六六年に雑誌連載した長編小説。ペテルブルクの元大学生ラスコーリニコフは、「非凡人は法を踏み越えてよい」という独自の論理に基づき、高利貸しの老婆とその妹を斧で殺害する。しかし予期に反して良心の呵責に苦しみ、聖娼ソーニャとの出会いを経て自首に至る。思想と良心の葛藤を凝縮した心理小説の傑作。
元末明初の文人羅貫中に帰される歴史小説。後漢末の黄巾の乱(一八四年)から西晋による統一(二八〇年)までの約百年を題材に、魏・蜀・呉の三国の興亡を描く。歴史書『三国志』と講談・民間伝承を素材にしつつ、劉備・関羽・張飛・諸葛亮を中心とする蜀漢に視点を置く。中国四大奇書の一つで、東アジア全域の軍略論・処世論の原典となった。
1908年(明治41年)、夏目漱石が朝日新聞に連載した長編小説。熊本から上京した小川三四郎が学問・社会・恋愛の三世界に直面し、近代化の中で自己を模索する青春の物語。「迷える子(ストレイシープ)」という言葉が示すように、方向を見失った若者の姿を鮮明に描く。漱石三部作の第一作にあたる。
2006〜2010年に発表された劉慈欣の長編SF三部作(地球往事三部作)。第一部は文化大革命期の中国を起点に地球外知性体との接触を描く。第二部「黒暗森林」で示されるダークフォレスト理論——宇宙は沈黙を強いるゲーム理論的均衡にある——がSF思想としても経営論としても広く参照される。
J・R・R・トールキンが1954〜55年に刊行した長編幻想文学三部作。中つ国を舞台にホビットのフロドが仲間とともに冥王サウロンの「一つの指輪」を破壊する旅を描く。権力の腐敗、小さき者の使命、異質な共同体の絆を主題とし、現代ファンタジー文学の原型を形成した。
前11世紀から前7世紀にかけての中国詩305篇を収める現存最古の詩集。周王朝の民謡から宮廷祭祀歌まで幅広く収録し、孔子が編纂したと伝わる。儒教の五経の一に数えられ、為政者の教養書として機能した。賦・比・興という詩法の分類は後世の文学批評の基礎となった。
1985年、マーガレット・アトウッドが発表したディストピア小説。環境汚染で出生率が激減した近未来の北米を舞台に、キリスト教原理主義国家ギレアデへと変貌した社会を描く。生殖能力を持つ女性「侍女」として支配層に配属されたオフレッドの証言を通じ、国家による身体・言語・記憶の支配構造を解剖した作品。
1962年発表のアンソニー・バージェスによるイギリスのディストピア小説。暴力少年アレックスに施される「ルドヴィコ療法」を軸に、自由意志・悪の本性・国家による人格改造を問う。スタンリー・キューブリックによる1971年の映画版でも広く知られる。
ローマ皇帝マルクス・アウレリウス(121-180)がギリシャ語で記した個人的省察録。全12巻、出版を意図せず書かれた覚書が死後1400年以上読み継がれる。ストア哲学を帝国統治という極限状況で実践した記録である。
フランスの作家マルセル・プルーストが一九〇九年頃から死の直前まで書き継いだ七部構成の大長編。全三千ページを超える。十九世紀末から第一次世界大戦後の貴族社会・芸術家・恋愛を舞台に、語り手「私」の幼時からの記憶と芸術の完成への自覚を、精緻な文体と「無意志的記憶」の発見を通じて描く。二十世紀文学の最高峰の一つ。
イングランドの詩人ジョン・ミルトンが盲目の晩年に口述で完成させた十二巻の叙事詩。旧約聖書の創世記を題材に、神への反逆を企てたサタンの堕落と、エデンの園のアダムとイヴが蛇の誘惑によって禁断の実を食べ、楽園を追放される物語を描く。英語で書かれた叙事詩の最高峰であり、自由と服従、知と罪の主題を提起した。
二十四歳のゲーテが一七七四年に刊行した書簡体小説。若き芸術家ウェルテルが、友人に宛てて書き送る手紙の形式で、婚約者のいるロッテへの片思いの激情と絶望を描く。最後にウェルテルは自殺する。全ヨーロッパに爆発的な反響を呼び、青年たちの模倣自殺を生んだ疾風怒濤期の記念碑的作品である。
1916年刊行、ジェームズ・ジョイスの初長編。カトリック教育、アイルランド国民主義、家族の重圧という三重の「網」から芸術家の魂が逃れていく成長物語。意識の流れの手法を部分的に先取りし、ジョイスが後に『ユリシーズ』で極限まで押し進める文学実験の起点となった。
1973年刊行のトマス・ピンチョン著。第二次世界大戦末期のV2ロケット開発計画を舞台に、400人以上の登場人物と複数の錯綜するプロットが展開する。「何者かに制御されている」という偏執的世界観を体現し、全米図書賞を受賞。ポストモダン文学の金字塔とされる。
1969年刊行。三島由紀夫「豊饒の海」四部作の第一巻。大正初期の華族社会を舞台に、松枝清顕と綾倉聡子の禁断の恋を描く。輪廻転生と美の消滅を軸にした壮大な物語の起点であり、三島の美学——「美は滅びることで完成する」——が凝縮されている。
フランツ・カフカが一九二二年に執筆し未完のまま残した最後の長編小説。遺言に反してマックス・ブロートが一九二六年に刊行した。雪の夜、測量士を称する男Kが辺境の村に到着する。丘の上の城から仕事を依頼されたというが、城との接触はあらゆる手段で阻まれる。Kは村人・官僚・使者たちの迷宮のなかで足踏みを続ける。近代の疎外と制度へのアクセス不能を象徴する作品。
フランツ・カフカが一九一四年から一五年に執筆し、未完のまま残した長編小説。遺言で焼却を求められたが友人マックス・ブロートが一九二五年に刊行した。銀行員ヨーゼフ・Kはある朝、理由も告げられず逮捕される。以後一年にわたり罪状不明の裁判手続きに翻弄され、結局わからぬまま最後は「犬のように」処刑される。官僚制と近代的不条理の象徴となった作品である。
1981年刊行。インド独立(1947年8月15日深夜0時)の瞬間に生まれた千一人の子供たちが超自然的能力を持つという設定で、個人史と国民史の交差を魔術的リアリズムで描く。ブッカー賞受賞後、「ブッカー・オブ・ブッカーズ」も二度受賞した20世紀英語文学の頂点の一つ。
フィレンツェの詩人ダンテ・アリギエーリが亡命中の一三〇〇年代に執筆した全一万四千二百三十三行の叙事詩。「地獄篇」「煉獄篇」「天国篇」の三部からなり、ウェルギリウスとベアトリーチェに導かれて来世を巡る旅を描く。ラテン語ではなくトスカーナ方言で書かれ、イタリア語の標準化に決定的な役割を果たした。
太宰治の遺作的中編小説(1948年)。主人公・大庭葉蔵が道化と薬物・自殺未遂を繰り返しながら人間性を喪失していく過程を私小説的手法で描く。恥・自己否定・孤立の連鎖を解剖した日本近代文学の代表作。
元末明初に成立したとされる長編章回小説。施耐庵が著し羅貫中が補訂したとも伝わる。北宋末、政治の腐敗によって各地で罪を負い追われた百八人の好漢たちが、山東の梁山泊に集結し、官軍と戦い、最後には朝廷の招安を受けて遼や方臘討伐に従事する。義賊のピカレスク叙事として、中国四大奇書の一つに数えられる。
チリ人作家イサベル・アジェンデの処女長編(1982年)。トゥルエバ家の四世代にわたる物語を、超自然的ビジョンと1973年軍事クーデターの暴力が交差する構造で描く。マジックリアリズムの傑作として世界30カ国以上で翻訳され、独裁・フェミニズム・記憶の継承をテーマにした20世紀文学の重要作のひとつ。
ミハイル・ショーロホフ(1905-1984)による全4部の長編叙事詩。ドン川流域のコサック社会を舞台に、第一次世界大戦・ロシア革命・内戦の激動を生きた主人公グリゴリー・メレーホフの数奇な運命を描く。1965年ノーベル文学賞受賞作。20世紀ロシア文学を代表する傑作とされる。
1830年、スタンダール(本名アンリ・ベール)が発表した長編小説。副題は『19世紀年代記』。製材業者の息子ジュリアン・ソレルが野心と偽装を武器に社会上昇を図り、断頭台に散る。赤は軍人、黒は聖職者を象徴するとも言われるが解釈は多様。心理描写の精密さと社会批評の鋭さで写実主義文学の先駆となった。
川端康成が1935〜48年にかけて発表した長編小説。新潟・越後湯沢の温泉町を舞台に、東京の文人・島村と芸者・駒子の交情を描く。「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」の冒頭で知られ、1968年ノーベル文学賞受賞の代表作となった。日本的な無常観と余情の美学を体現する。
2007年刊行、カーレド・ホッセイニの第2長編。ソ連侵攻からタリバン政権崩壊までのアフガニスタンを舞台に、境遇の異なる女性マリアムとライラの出会いと連帯を描く。表題は17世紀詩人サーイブ・タブリーズィーのカーブル讃歌に由来する。
9〜15世紀にかけてアラビア語で編纂された説話集。ペルシャ語原典『ハザール・アフサーネ』を核に、インド・イラク・エジプトの説話が層を重ねる。王に処刑されないため夜ごと物語る女性シェヘラザードの枠構造が特徴。1704年のガラン仏訳で欧州に紹介され、世界文学の古典となった。
ロシアの文豪レフ・トルストイが一八六五年から六九年にかけて発表した大長編小説。一八〇五年から一八一二年のナポレオン戦争期を背景に、ボルコンスキー家、ロストフ家、ベズーホフ家、クラーギン家の貴族たちの生涯を織り交ぜて描く。五百人を超える登場人物と、歴史を動かす個人の役割を問う哲学的考察が結合した、十九世紀リアリズム文学の最高峰。
1974年刊行のアメリカ哲学的小説。ロバート・M・パーシグがバイク旅を通じ、古典的・ロマン的思考の対立と「クオリティ(Quality)」の本質を問い直す。技術と人文の統合を目指した20世紀の哲学的ベストセラー。
1855年、ウォルト・ホイットマンが自費出版した詩集。韻律を捨てた自由詩で「自己の歌」を高らかに謳い、民主主義・肉体・死生観を包括的に探求した。生涯9版の改訂を経てアメリカ文学の聖典となり、近代以降の詩的前衛を決定的に形成した。
1940年、太宰治が発表した短編小説。暴君ディオニスに処刑を宣告された青年メロスが、友人セリヌンティウスを人質に残して妹の婚礼を済ませ、約束通り戻るまでを描く。シラーの詩「人質」を原型とし、信義と人間不信を主題とする。
チェコ出身の作家ミラン・クンデラが1984年に発表した長編小説。プラハの春(1968年)を背景に、医師トマーシュと写真家テレザの愛を軸として「軽さ」と「重さ」の弁証法を展開する。ニーチェの永遠回帰を批判的に応用し、一度しか起きない出来事の意味を根底から問い直した20世紀文学の代表作。
紀元前5世紀ごろ、孫武(孫子)が著した中国最古の兵法書。全13篇からなり、戦争を情報・心理・機動の問題として捉える。「彼を知り己を知れば百戦殆からず」の言葉で知られ、軍事に留まらず、経営戦略・交渉・組織論の古典として世界中で読み継がれている。
14世紀後半に成立した中世最大の軍記物語。全40巻にわたり、元弘の乱(1331年)から南北朝の動乱、室町幕府の成立期までを叙述する。後醍醐天皇・楠木正成・足利尊氏の群像を通じ、正統性と実力のせめぎ合いを描いた作品として、武家社会の倫理観形成に深く影響した。
1860〜61年にディケンズが発表したヴィクトリア朝小説の代表作。孤児ピップが匿名の後援者から遺産を受け取り、ロンドンで紳士として生きようとするが、虚栄と自己欺瞞の末に本質的な価値を問い直す。階層移動・アイデンティティ・誠実さを主題とする。
1940年刊行のヘミングウェイ長編。スペイン内戦を舞台に義勇兵ロバート・ジョーダンの三日間を描く。タイトルはジョン・ダン(1624年)の瞑想録「いかなる人も孤島ではない」に由来し、「鐘は汝のために鳴る」という連帯の命題は20世紀文学の象徴的フレーズとなった。
1864年、ドストエフスキーが発表した中編小説。主人公「地下室の男」が独白形式で語る意識過剰と自己分析は、合理的人間像への強烈な反証となった。ニーチェ・サルトルらに多大な影響を与え、実存主義文学の先駆けとして位置づけられる。
九世紀末から十世紀初頭に成立したとされる、仮名で書かれた現存最古の日本物語。竹取の翁が光る竹の中から見いだした三寸ばかりの女児が、三ヶ月で美しい姫に成長する。五人の貴公子の求婚を難題で退け、帝の求愛もかわしたかぐや姫は、やがて自身が月の都の者であることを明かし、八月十五夜に月からの迎えに伴われて昇天する。
南北朝期の僧兼好法師(卜部兼好)が一三三〇年前後までに書いた随筆。全二百四十三段からなり、仏道・武士・恋愛・学問・教養・世俗の愚かさなど、多様な話題に及ぶ。無常観を基調としながらも、人間観察の鋭さと機知、教訓と諧謔の混在が特徴。『枕草子』『方丈記』と並ぶ日本三大随筆の一つで、江戸期以降は教養の必読書となった。
ジョン・スタインベックが1939年に発表した長篇小説。ダストボウルに故郷を奪われたジョード一家がオクラホマからカリフォルニアへルート66を行く旅を描く。ピューリッツァー賞受賞。スタインベックの1962年ノーベル文学賞に最も貢献した作品とされる。経済的弱者の連帯と搾取の構造を描いた20世紀アメリカ社会小説の頂点。
シェイクスピア後期ロマンス劇の一つ。シチリア王レオンテスの根拠なき嫉妬が妻と王国を破滅に追いやる前半と、16年後の娘ペルディタを軸にした和解・再生の後半から成る。喪失・時間・贖罪を主軸とし、悲劇と喜劇の両構造を一作に内包する。
1927年、ヴァージニア・ウルフが発表した長編小説。スコットランドの孤島を舞台に、ラムジー一家の夏の滞在と10年後の再訪を描く。意識の流れ技法によって複数の主観が交錯し、時間・喪失・芸術創造の主題が編み込まれている。灯台は到達への渇望そのものを象徴し、「到達」より「渇望し続ける過程」に人間の本質を見出す構造を持つ。
ジョージ・オーウェルが一九四五年に刊行した寓話小説。イギリス郊外のマナー農場で、搾取される動物たちが老豚メイジャーの演説に触発されて農場主ジョーンズを追放する。しかし指導者となった豚ナポレオンは次第に独裁化し、最終的には「すべての動物は平等である。だが、ある動物は他の動物より平等である」という一文だけを残して、追放した人間と見分けがつかなくなる。ロシア革命の寓話として書かれた。
チャールズ・ディケンズが1859年に発表した歴史小説。フランス革命を背景にロンドンとパリを舞台とし、革命の暴力と人間の良心、愛と自己犠牲の葛藤を描く。英語圏で最も広く読まれた小説の一つとされる。
ポルトガルのノーベル賞作家ジョゼ・サラマーゴが1995年に発表した長篇小説(原題:Ensaio sobre a Cegueira)。原因不明の「白い失明」が都市全体を覆い、隔離・略奪・支配が連鎖する中で人間の尊厳と残虐性が剥き出しになっていく。カギ括弧・章区切り・人名を排した独特の文体で、匿名性による普遍性を獲得した。
アメリカの作家ハーマン・メルヴィルが一八五一年に刊行した長編小説。捕鯨船ピークォド号に乗り組んだ青年イシュメールが語り手となり、白い巨鯨モービィ・ディックに片足を奪われた船長エイハブの執念の追跡を描く。捕鯨業の詳細な記述と、象徴に満ちた形而上的思索が融合した、アメリカ文学を代表する長編である。
アメリカの作家ナサニエル・ホーソーンが一八五〇年に刊行した長編小説。十七世紀のボストン清教徒植民地で、夫不在の間に娘を産んだヘスター・プリンは、姦通の罪として胸に緋色のAの文字を縫い付けられて晒される。彼女は相手の名を明かさず、若き牧師ディムズデイルの内面は罪責感に蝕まれていく。罪・恥・共同体・個人の尊厳を主題とする。
コロンビアの作家ガブリエル・ガルシア=マルケスが一九六七年に刊行した長編小説。ジャングルの中に建設された架空の村マコンドを舞台に、ブエンディア家七代の栄枯盛衰を約百年にわたって辿る。空飛ぶ絨毯、四年間降り続く雨、人間の昇天といった奇跡的事象が日常として語られる「魔術的リアリズム」の代表作。一九八二年のノーベル文学賞受賞の決定打となった。
1865年にルイス・キャロル(本名チャールズ・ドジソン)が刊行した英国児童文学の古典。数学者・論理学者の素養が随所に現れ、言語・論理・権力への問いを内包する。ヴィクトリア朝の秩序を裏返した「無意味の世界」は、20世紀以降の不条理文学・シュルレアリスムに多大な影響を与えた。
十三世紀前半までに成立したとされる軍記物語。作者は不詳。平清盛を中心とする平家一門の栄華から、源氏との治承・寿永の乱(一一八〇-一一八五)、壇ノ浦での滅亡までを描く。琵琶法師の平曲として語り継がれる過程で増補と改訂が重ねられた。「祇園精舎の鐘の声」で始まる冒頭は、日本人の無常観を凝縮する名文として知られる。
チェコ出身のドイツ語作家フランツ・カフカが一九一五年に刊行した中篇小説。ある朝、営業マンのグレーゴル・ザムザがベッドで目を覚ますと、自分が巨大な虫(ウンゲツィーファー)になっていた。出勤できず家族からも徐々に疎まれ、孤立のなかで衰弱して死ぬ。家族制度・労働・身体・疎外をめぐる現代の寓話として、二十世紀文学を象徴する作品となった。
チヌア・アチェベが1958年に発表した長編小説。19世紀末ナイジェリアのイボ族の村を舞台に、英植民地主義がもたらした文化崩壊と、その矛盾に引き裂かれる男オコンクウォの転落を描く。英語圏アフリカ文学の礎として評価され、世界57言語以上に翻訳されている。
元神職の鴨長明が一二一二年に著した随筆。冒頭「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」の一節で知られる。前半は京都を襲った大火・辻風・遷都・飢饉・地震といった災害を記録し、後半は日野山の方丈(約二・七メートル四方)の庵に独居する晩年の生活を描く。無常観のもとに書かれた中世日本の代表的随筆。
1906年、夏目漱石が雑誌『ホトトギス』に発表。東京物理学校卒の直情径行な青年が四国・松山の中学校に赴任し、表向き紳士的な教頭・赤シャツら狡猾な同僚と衝突する。誠実な主人公と老婆・清の対比が軸をなし、組織の論理と個人の倫理の衝突を描く。
ドイツの作家トーマス・マンが一九二四年に刊行した長編小説。ハンブルクの青年ハンス・カストルプは、スイス・ダヴォスの結核療養所にいる従兄を三週間の予定で見舞いに訪ねる。しかし自身も感染していると診断され、七年間滞在することになる。山の密度の濃い時間のなかで、人文主義者セテムブリーニとイエズス会士ナフタの論争を聴き、愛と死と形而上学を経験する教養小説の金字塔。
一条天皇の中宮定子に仕えた女房清少納言が、一〇〇〇年頃までに書いた随筆。約三百段からなり、「春はあけぼの」で始まる四季の情景、「うつくしきもの」「にくきもの」といった類聚段、日記的章段が混在する。鋭い観察、優雅と機知、短く区切る文体によって、日本随筆文学の嚆矢となった。
七世紀から八世紀半ばまでの約四百年間の和歌約四千五百首を集めた、現存する日本最古の歌集。全二十巻。大伴家持が最終的な編纂に関わったとされる。天皇・皇族・貴族のみならず、東国の農民や九州の防人、遊行女婦の歌までが収められ、万葉仮名で表記される。素朴で力強い感情表現を特徴とし、後代の宮廷歌集とは異なる古代日本の息吹を伝える。
1934年刊。フィッツジェラルドの最後の完成長篇。フランス・リヴィエラを舞台に、精神科医ディック・ダイヴァーが患者だった富豪の娘ニコルと結婚し、彼女の回復と引き換えに自己を失っていく過程を描く。才能・魅力・知性を持ちながら他者の回復に消費されていく人間の悲劇。
1716年頃に成立した佐賀藩(鍋島藩)の武士道書。藩士・山本常朝の口述を田代陣基が筆録。全11巻。「武士道とは死ぬことと見つけたり」の語で知られるが、その真意は瞬間的決断への覚悟にある。江戸中期の閉塞した武士社会における精神的紐帯として機能し、近代以降に「日本的経営哲学」の源泉として再解釈された。
1915年(大正4年)、芥川龍之介が雑誌「帝国文学」に発表した短編小説。『今昔物語集』を典拠とし、羅生門の楼上で出会う下人と老婆を通じて、生きるための悪の自己正当化とエゴイズムの連鎖を描く。1200字余りの短編ながら、人間の倫理的転落を鋭く刻んだ日本近代文学の代表作。
1847年、エミリー・ブロンテがエリス・ベル名義で発表した唯一の長編。ヨークシャームーアの荒野を舞台に、孤児ヒースクリフと地主の娘キャサリンの愛憎と世代を超えた復讐劇を描く。ゴシック・ロマンスの傑作にして、英国文学史上最も複雑な愛憎劇の一つ。
1957年にジャック・ケルアックが発表したアメリカ小説。主人公がアメリカ大陸を繰り返し横断する旅を描き、ビート・ジェネレーションの精神的聖典となった。安定・消費・順応という戦後的価値観に背を向け、速度と即興と自由を肯定した文学的宣言である。
アメリカの作家アーネスト・ヘミングウェイが一九五二年に発表した中篇小説。キューバの老漁師サンチアゴは、八十四日間不漁の末、メキシコ湾流に船出し、巨大なカジキマグロと三日三晩の格闘の末についに仕留める。しかし帰路で鮫に食い尽くされ、帰港したとき残ったのは骨だけだった。ピューリッツァー賞を受賞し、翌年のノーベル文学賞の決定打となった晩年の代表作である。
サミュエル・テイラー・コールリッジが1798年『抒情民謡集』に発表した長篇バラッド詩。罪なきアホウドリを殺した水夫が呪いと幻視の海を漂い、すべての生命への愛を回復することで解放される。超自然と道徳的因果を結びつけた構造が特徴。
ジャン=ポール・サルトルが1938年に刊行した処女長編小説。歴史家ロカンタンが物の剥き出しの存在感に圧倒される「嘔吐」を通じて、「存在は本質に先立つ」という実存主義の根本命題を物語として形象化した。後の主著『存在と無』(1943)の哲学的展開を先取りする。
イタリアの記号論学者ウンベルト・エーコが1980年に発表した長編小説。1327年、北イタリアの修道院で起きる連続死の謎をフランシスコ会修道士ウィリアムが解く。隠された書物——アリストテレスの『詩学』第二巻——が事件の核心にあり、知識の独占・検閲・権力の三角関係を抉る。記号論と中世神学を織り交ぜた知的娯楽の頂点として世界的な反響を呼んだ。
1954年発表。戦時下に孤島へ漂着した英国人少年たちが文明の規律を失い、集団暴力へ転落する様を描く。タイトルは悪魔名「ベルゼブブ」の訳で、人間の内に潜む悪を象徴する。ゴールディングは本作でノーベル文学賞(1983年)を受賞した。