哲学 2026.04.14

状況に置かれた知

すべての知は特定の立場・位置から生まれるとするハラウェイのフェミニスト科学哲学の中心概念。

Contents

概要

状況に置かれた知(situated knowledges)は、アメリカの科学史家・科学哲学者 ダナ・ハラウェイ(Donna Haraway、1944-)が 1988 年論文「Situated Knowledges: The Science Question in Feminism and the Privilege of Partial Perspective」で提示した概念。

伝統的な科学観の「どこにもない視点から見る」(the god trick、神の技)という客観性モデルを批判し、すべての知は具体的な身体・歴史・立場から生まれると論じた。フェミニスト科学哲学の基礎文献。

中身

客観性の二つの罠

ハラウェイは、フェミニズムが直面する客観性論争を整理する:

  • 伝統的客観性——観察者の立場を消した「神の視点」。実は白人男性中産階級の視点が普遍として扱われてきた
  • ラディカル相対主義——全ての知は文化的構築にすぎず、客観的真理はない。しかしこれも責任を放棄する「神の技」である

両者ともに「どこにもない視点」を装う点で同じ罠だとハラウェイは喝破する。

部分的視点の特権

代替案は「部分的・具体的・位置づけられた」知である:

  • すべての視覚はある身体から見る視覚である
  • すべての知は誰が、どこから、誰のために語っているかを明示すべきだ
  • 部分性を引き受けることこそが責任ある客観性である

これを状況に置かれた知と呼ぶ。相対主義ではなく、位置の責任(accountability of position)を伴う強い客観性である。

サイボーグ宣言からの接続

前作『サイボーグ宣言』(1985)で論じた「境界が溶けた混成的存在」の議論と連続する。人間/動物/機械、自然/文化、男/女——これらの区別は、特定の視点からの区別にすぎない。

論点・批判

  • 相対主義との混同——表面的には「全てが立場次第」と誤読される
  • 実際には、位置の明示により異なる立場の知を翻訳・対話させることが可能になる、という建設的提案である
  • 現在、参加型デザイン、先住民知、患者当事者研究、インクルーシブリサーチなどの実践的基礎となっている
  • ラトゥール、ウィ・ツンガ、サンドラ・ハーディングらと共に、ポスト実証主義科学論の中心を形成

現代への示唆

1. 立場性の自覚

経営判断は「誰の視点から」為されているか。CEO、本社、東京、男性、高学歴——無自覚のまま「普遍的判断」として押し付けることは、神の技の再演である。自分の位置を名指す勇気が判断の誠実さを保つ。

2. 多様性の認識論的意味

ダイバーシティは倫理的要請である以前に、認識論的要請である。異なる位置からの知が集まって初めて、一つの位置では見えない現実が輪郭を持つ。多様性は意思決定の質の問題であり、福利厚生の問題ではない。

3. 当事者の視点を特権化する

顧客、現場作業員、障害者、マイノリティ——直接の当事者が持つ知は、外部からの「客観的」分析に対して認識論的に特権的である。ハラウェイの議論は、当事者参加型の経営を哲学的に正当化する。

関連する概念

ハラウェイ / フェミニスト科学哲学 / サイボーグ / ラトゥール / STS / 当事者性 / ダイバーシティ

参考

  • 原典: Haraway, D. “Situated Knowledges” Feminist Studies 14(3), 1988(邦訳:『猿と女とサイボーグ』に収録、青土社、2000)
  • 原典: ハラウェイ『猿と女とサイボーグ——自然の再発明』(高橋さきの 訳、青土社、2000)
  • 原典: ハラウェイ『伴侶種宣言——犬と人の「重要な他者性」』(永野文香 訳、以文社、2013)

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