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概要
プロスペクト理論は、伝統的経済学が仮定する合理的意思決定者像——期待効用最大化——を、実証データと整合しない点で修正する。実際の人間は、結果の絶対水準ではなく参照点からの変化に反応する。
さらに、損失のインパクトは利得の約二倍に感じられ、確率は直線的にではなく歪んだ形で重みづけされる。低確率は過大評価され、中〜高確率は過小評価される傾向がある。
効果サイズや文化差、文脈依存性については議論も続いており、規範理論としてではなく記述モデルとして扱うのが妥当である。
メカニズム
価値関数は参照点を原点とし、利得側は凹、損失側は凸で、損失側の傾きが急になっている。これにより、確実な利得を好み、確実な損失を避けようとしてリスクを取るという非対称な行動が説明される。
確率重みづけ関数は、低確率を過大に、中〜高確率を過小に扱うS字型の歪みを持つ。保険への過剰支払いと宝くじの購入が同じ関数から導かれる。
フレーミングの変化は参照点を変えるため、同じ数学的選択でも選好が反転する。これがフレーミング効果の基盤となる。
意義
プロスペクト理論は、経済学と心理学を架橋し、行動経済学を学問領域として確立する決定打となった。カーネマンは二〇〇二年にノーベル経済学賞を受賞した(トヴェルスキーは受賞前に逝去)。
金融、公共政策、医療意思決定、交渉論、マーケティングなど、応用領域は多岐にわたる。
現代への示唆
損失回避は戦略の保守化を生む
既存事業の撤退や不採算拠点の閉鎖は、計算上の合理性があっても損失の痛みが意思決定を先送りさせやすい。リーダーは、先送りのコストを可視化し、基準点を再設定する役割を担う。
フレーミングは交渉と合意形成の技術
同じ条件を「九割成功する手術」として語るか「一割失敗する手術」として語るかで、受容性は変わる。倫理的な範囲でのフレーミングの選択は、合意形成と実行の質を左右する。
参照点は設計できる
予算、前年実績、市場平均、目標値——どれを基準点に置くかで、組織の取るリスクが変わる。参照点の選び方は中立的な事実ではなく、意思決定環境の設計変数として扱うべきである。
関連する概念
参考
- Kahneman, D. & Tversky, A. “Prospect Theory: An Analysis of Decision under Risk”, Econometrica, 47(2), 1979
- Kahneman, D. Thinking, Fast and Slow, Farrar, Straus and Giroux, 2011