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概要
パルテノン神殿(Παρθενών、Parthenon)は、紀元前447年から432年にかけて、ペリクレス治政下のアテネが建造した都市守護神アテナ・パルテノス(処女神)の神殿である。アクロポリスの丘の頂に立ち、古代ギリシア古典期建築の頂点と目される。
設計は建築家イクティノスとカリクラテス、装飾彫刻の総指揮はフェイディアスが担った。
様式・技法
ドーリア式を基本としつつ、内陣にイオニア式のフリーズを配する折衷的構成をとる。外周の列柱は正面8本・側面17本で、ドーリア式の慣例より一列多い。
特筆すべきは視覚補正の技法である。円柱はまっすぐではなく中央部が微かに膨らむエンタシス、スティロベート(基壇)は中央がわずかに盛り上がり、外周の柱は内側にほんの数度傾けられている。幾何学的な直線のままでは人の目に「歪んで」見えることを設計者は知っており、見え方を逆算した補正を施した。
フェイディアスの彫刻群は、東西のペディメント、92枚のメトープ、内周のフリーズから成り、パンアテナイア祭の行列や神々の戦いを連続的に表した。
意義
パルテノンは単なる宗教建築ではなく、ペルシア戦争勝利後のアテネ帝国の宣言であった。財源はデロス同盟の拠出金を流用したもので、政治・宗教・芸術の三位一体の表現装置となった。
19世紀初頭、イギリスの外交官エルギンが彫刻群の多くをロンドンへ搬出した(通称エルギン・マーブル)。この所有権問題は現在まで続く文化財返還論の原型である。
現代への示唆
知覚に最適化する
視覚補正は、仕様どおりに作るのではなく受け手の知覚に最適化する発想である。プロダクトやUIの設計においても、スペック通りの均質さが必ずしも最良の体験を生まないことを示唆する。
象徴としての建築
パルテノンは権力・富・思想を物理的形態に凝縮した。現代のフラッグシップストアや本社屋も同じ機能を担いうる。建築は組織の価値観を外部化するメディアである。
保存と返還の倫理
文化資産は誰のものか。取得時の合法性が、現代の倫理基準では擁護できない場合がある。この問題は、企業の歴史的資産(ブランド、遺構、資料)の扱いにも通じる。
関連する概念
- アクロポリス
- ドーリア式/イオニア式
- フェイディアス
- エルギン・マーブル
- ペリクレスの時代
参考
- 桜井万里子『古代ギリシアの歴史』講談社学術文庫、2010
- メアリー・ビアード『パルテノン』創元社、2010