Tag
植民地主義
-
大西洋奴隷貿易
15世紀中葉から19世紀末にかけて、ヨーロッパ諸国がアフリカ人を拉致・売買してアメリカ大陸のプランテーションへ強制移送した貿易体制。推定1200万人が輸送され、200万人以上が航海中に死亡した。砂糖・綿花・タバコの生産を支えた労働基盤であり、近代資本主義の原始的蓄積を構成する要素のひとつである。
-
ベルリン会議
1884年11月から翌年2月にかけてドイツ宰相ビスマルクが主催した14カ国会議。コンゴ盆地の通商自由や「実効支配」原則を定め、アフリカ大陸のヨーロッパ列強による分割競争を制度化した。アフリカ諸民族の意向は一切考慮されず、人為的に引かれた国境線が今日の紛争の遠因となっている。
-
大英帝国
17世紀の植民地拡大に始まり、19世紀ヴィクトリア朝期に最盛期を迎えた人類史上最大の帝国。最大版図は地球陸地の約24%、人口は世界の4分の1を占めた。海軍力・金融力・自由貿易政策を三本柱とし、インフラ・法制度・英語を世界に輸出した。20世紀の二度の大戦で財政的に疲弊し、脱植民地化運動の中で解体された。
-
脱植民地化
19世紀に確立した植民地体制が、第二次世界大戦後の約30年間で急速に崩壊した過程。アジア・アフリカ・カリブ海諸国の約100カ国が独立を果たした。民族自決の思想、冷戦構造、植民地経済の矛盾が複合的に作用した。ファノン・サイードらは政治的独立にとどまらない文化的・心理的解放の必要を説き、ポストコロニアル思想の基盤となった。
-
イギリス東インド会社
1600年エリザベス1世の勅許で設立されたイギリスの特許会社。アジア貿易独占権を持ちながら軍隊・裁判・条約締結権をも保有し、インドを事実上統治した。1857年のセポイの反乱後に解散。民間と国家の権限の境界線、独占リスク、スケールと統治能力のギャップを考える歴史的原型。
-
ルワンダ虐殺
1994年4〜7月、フツ族過激派政権下のルワンダで、ツチ族とフツ族穏健派を対象とした組織的殺戮が行われた。約100日間で推定80〜100万人が死亡。植民地支配が育てた民族分断と、国際社会の不作為が重なった20世紀最後の大量虐殺として記録される。
-
ハイチ革命
1791年にフランス植民地サン=ドマングで勃発した奴隷反乱を起点とする革命。トゥサン・ルヴェルチュールらの指導下、奴隷制廃止とフランスからの独立を同時に達成し、1804年に世界初の黒人共和国ハイチを樹立した。近代史における自由・平等の理念が植民地支配に向けられた歴史的転換点。
-
アイルランド大飢饉
1845〜52年、ジャガイモ疫病がアイルランドを壊滅させ、約100万人が死亡・150万人以上が移住した。英国政府は自由放任主義を優先して救済を怠り、植民地的農業構造が被害を拡大した。飢饉はアイルランドの人口・文化・政治を根本から変え、独立運動の遠因ともなった。