メディチ家のルネサンス工房——イノベーション・エコシステムの原型
パトロネージ、工房、都市。メディチ家が築いた三位一体の創造装置が、なぜ200年にわたってイノベーションを生み続けたのか。
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フィレンツェの作家ジョヴァンニ・ボッカチオが一三四九年から一三五三年にかけて執筆した物語集。黒死病が猛威を振るう都市を逃れた七人の女性と三人の男性が、郊外の別荘で十日間にわたり一人一日一話、計百話を語る。中世の宗教的世界観を相対化し、ルネサンスの到来を告げた記念碑的作品である。
ニュルンベルク生まれのドイツ・ルネサンス最大の画家・版画家・理論家。イタリアに二度遊学し、北方の精密描写と南方の古典理論を統合した。木版画『黙示録』、銅版画『騎士と死と悪魔』『メレンコリア I 』、自画像で知られ、版画を印刷物から芸術作品へと押し上げた。
イタリア・フィレンツェ近郊ヴィンチ村生まれの画家・彫刻家・建築家・技師・科学者。絵画では『モナ・リザ』『最後の晩餐』『岩窟の聖母』を残しつつ、解剖学・水理学・飛行装置・土木など膨大な手稿を遺した。芸術と科学が一つの探究だった時代を象徴する存在。
1420年代、建築家ブルネレスキが洗礼堂の実験で定式化し、アルベルティが『絵画論』(1435)で理論化した一点透視図法。消失点と水平線を設定し、距離に応じて対象を縮小することで、絵画に数学的に正確な三次元空間を作り出す技法。西洋美術の空間表現の基礎となった。
カプレーゼ生まれのイタリア・ルネサンス盛期の芸術家。フィレンツェとローマで活動し、彫刻『ピエタ』『ダビデ』『モーセ』、絵画『システィーナ礼拝堂天井画』『最後の審判』、建築サン・ピエトロ大聖堂クーポラを残した。人体表現の到達点として西洋美術の基準となった。
15世紀ネーデルラントを中心に、ドイツ・フランスへ広がった北欧のルネサンス美術運動。ファン・エイク兄弟による油彩画技法の革新、微細なディテール描写、室内光の精緻な再現を特徴とする。イタリア的な理想化よりも、現世と宗教の具体を精密に描くことを好んだ。
ウルビーノ生まれのイタリア・ルネサンス盛期の画家・建築家。37歳の短命ながら、ペルジーノの優雅さ、レオナルドのスフマート、ミケランジェロの力強さを総合し、古典的調和の頂点を築いた。ヴァチカン署名の間『アテナイの学堂』、マドンナ像群、サン・ピエトロ大聖堂設計で知られる。
14世紀のジョット以降、15世紀フィレンツェで体系化され、16世紀ローマ・ヴェネツィアで頂点に達したイタリア絵画の古典様式。線遠近法・大気遠近法・解剖学的正確さを基礎に、人間と自然を理想的に描く視覚言語を確立した。古代ギリシア・ローマへの回帰と人文主義が土台となった。