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概要
トーテミズム(Totemism)は、特定の動植物や自然物を「トーテム(totem)」として崇拝し、それとの神秘的な結合のもとに氏族・部族の同一性を組織する宗教社会制度。語源はオジブウェ語の「ototeman(彼の氏族)」であり、18世紀末にジェームズ・ロング(James Long)が英語文献に初めて記録した。
集団はトーテムを守護者・始祖・象徴として崇め、その動物の殺害・摂食を禁じるタブーを設けることが多い。また、同じトーテムを持つ成員間では婚姻禁止(族外婚)の規則が伴う場合が多い。北米先住民、オーストラリア・アボリジニ、アフリカ諸部族など世界各地に分布し、宗教の比較研究において中心的な題材となってきた。
トーテムの機能——境界・象徴・アイデンティティ
トーテムは単なる守護霊ではなく、集団の境界を定める記号として機能する。同じトーテムを持つ者は「われわれ」であり、異なるトーテムを持つ者は「彼ら」である。構成員はトーテム動物の名を名乗り、その図像を身体や住居に刻み、儀礼においてトーテムを演じることで集団への帰属を確認する。
タブーもまた境界設定の装置である。通常はトーテム動物を食べてはならないが、聖なる儀礼においてのみ共食(トーテム食)が許される。通常時の禁忌と特別時の解禁という組み合わせは、日常と聖域を峻別し、集団の紐帯を強化する機能を果たす。
理論的系譜——デュルケームからレヴィ=ストロースへ
トーテミズムの研究は、近代宗教社会学・文化人類学の核心を形成した。
エミール・デュルケーム(1858-1917)は『宗教生活の原初形態』(1912)でオーストラリア・アボリジニのトーテム体系を分析し、これをあらゆる宗教の原型と論じた。デュルケームにとってトーテムは社会そのものの象徴である。神を崇拝するとき、人は実は自分たちの社会を崇拝している——この命題は宗教社会学の基礎となった。
ジグムント・フロイト(1856-1939)は『トーテムとタブー』(1913)でトーテム動物を父の象徴と解釈し、父殺しと罪悪感という精神分析的物語と接続した。学術的評価は低いが、宗教における罪・贖罪・聖化の構造を照射した点で影響は残る。
クロード・レヴィ=ストロース(1908-2009)は『今日のトーテミズム』(1962)でデュルケームもフロイトも批判し、トーテミズムを感情的・霊的な特別現象から解放した。トーテムは神聖だから選ばれるのではなく、「考えるのに適している(good to think)」から選ばれる——トーテム体系は自然の種の差異を借りて社会の差異を表現する、分類の論理にほかならない。この再解釈は構造主義人類学の代表的成果となった。
現代への示唆
1. 企業ブランドの「トーテム」機能
ロゴ・マスコット・社名は現代組織のトーテムとして機能する。構成員は「われわれはトヨタ人だ」と自己定義し、競合ブランドに対して族外婚的な距離を置く。トーテム論は、企業アイデンティティが単なる商標以上の社会的接合剤であることを説明する枠組みを提供する。
2. タブーと組織規範の意識化
どの組織にも「口にしてはいけないこと」「やってはいけないこと」が存在する。これらは多くの場合、明文化されずに機能するトーテム的タブーである。タブーの正体を意識化することで、規範が何を守り、何を排除しているかを経営者は問い直せる。
3. 差異による分類——セグメンテーションの構造
レヴィ=ストロースが示したように、人間は自然の差異を借りて社会的差異を思考する。「われわれの顧客はこういう人だ」という顧客定義もまた、対立概念で市場を分類するトーテム的思考の変形である。その分類が何を見えなくしているかを問うことが、戦略的思考の起点となる。
関連する概念
アニミズム / フェティシズム / シャーマニズム / タブー / 族外婚 / 聖と俗 / 宗教社会学 / エミール・デュルケーム / クロード・レヴィ=ストロース / ジグムント・フロイト
参考
- 原典: エミール・デュルケーム『宗教生活の原初形態』(山崎亮 訳、筑摩書房、2014)
- 原典: ジグムント・フロイト『トーテムとタブー』(中山元 訳、光文社古典新訳文庫、2009)
- 原典: クロード・レヴィ=ストロース『今日のトーテミズム』(仲澤紀雄 訳、みすず書房、1970)
- 研究: ジェームズ・フレイザー『金枝篇』(永橋卓介 訳、岩波文庫、1951)