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概要
帝国主義(Imperialism)とは、19世紀後半から第一次世界大戦に至る時期の、欧米列強および日本による海外植民地・勢力圏の急速な拡大を指す。狭義には、1870年代以降の「新帝国主義」と呼ばれる時期を指し、1880年から1914年までの約30年間で地球上の陸地のほぼ全てが列強の支配下に入った。
レーニンは『帝国主義論』(1917)で、独占資本主義の段階に達した資本主義の必然的帰結と分析した。J.A.ホブソンは『帝国主義論』(1902)で、国内の富の不均衡が過剰資本の海外輸出を強いると論じた。
経過
アフリカ分割は1884-85年のベルリン会議で列強間の了解を得て加速した。「アフリカへのスクランブル」と呼ばれ、1870年にアフリカの10%だった欧州支配地域が、1914年には90%に達した。
アジアでは、英国によるインド支配の完成(1877年インド帝国成立)、フランスのインドシナ領有(1887)、オランダのインドネシア支配、アメリカのフィリピン領有(1898)、日本の台湾・朝鮮獲得が進んだ。
中国では列強による租借地獲得・勢力圏分割が進み(1898年の膠州湾・旅順・威海衛・広州湾の租借)、義和団事件(1900)を経て半植民地化した。
太平洋でも、英・仏・独・米・日による島嶼の分割が進み、ほぼ全てが列強の属領となった。
この過程で列強間の矛盾も蓄積し、ファショダ事件(1898、英仏)、モロッコ事件(1905, 1911、独仏)、バルカン危機などが第一次世界大戦の火種となった。
背景・影響
帝国主義の推進力は複合的である。経済的には、資本の過剰蓄積と市場・原料・投資先の確保、産業革命第二波(電気・化学)の巨大投資の回収要請があった。政治的には、国民国家競争の論理、威信(プレステージ)の重視があった。思想的には、社会ダーウィニズム、「白人の責務」論、文明化の使命論が植民地支配を正当化した。
被支配地域では、伝統社会の解体、強制労働、資源収奪、人口移動が引き起こされた一方、近代インフラ(鉄道・学校・医療)が移植され、後の独立運動の基盤も形成された。
戦間期の民族自決論、第二次大戦後の脱植民地化、グローバル・サウスの形成までを含めた長期的影響は現在も続いている。
現代への示唆
過剰資本は「出口」を求める
国内需要を超える蓄積は、海外投資・M&Aへと向かう。19世紀のそれが植民地獲得だったように、現代のグローバル企業の新興国進出にも同じ力学が働いている。
正当化イデオロギーの危うさ
「文明化の使命」という正当化は、結果的に甚大な人道的犯罪を覆い隠した。企業や国家の拡張戦略に付随するストーリーは、慎重に批判的に検討する必要がある。
勢力圏の「飽和」が衝突を生む
分割対象がなくなると、既存のパイの再分配をめぐる衝突が顕在化する。これが第一次世界大戦の構造的要因だった。市場飽和期における再編圧力は現代の地政学にも通じる。
関連する概念
- ベルリン会議
- アフリカ分割
- 『帝国主義論』
- 社会ダーウィニズム
- 第一次世界大戦