芸術 2026.04.15

バウハウス(学派)

1919年ドイツに創設された造形学校。工芸と工業、美術とデザインの統合を目指し近代デザインを築いた。

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概要

バウハウス(Bauhaus、「建築の家」の意)は、1919年4月にドイツ・ワイマールでヴァルター・グロピウスが創設した国立の造形学校。「すべての造形活動の最終目標は建築である」という理念のもと、美術・工芸・建築・工業デザインの統合を目指した。

1925年にデッサウへ移転、1932年にベルリン移転、1933年ナチスにより閉鎖。わずか14年の活動だったが、20世紀の近代デザイン教育の原型となった。

様式・技法

カリキュラムの核は基礎課程(フォアクルス)にあった。イッテンが導入し、のちにモホイ=ナジ、アルバースが引き継いだこの課程は、色彩・形態・素材・構成の基礎を体系的に教えた。造形言語を要素に還元し、実験により再構成する方法論である。

工房制度が採用され、家具、陶器、金属、テキスタイル、印刷、写真、壁画、演劇、建築の各工房で理論と実践が統合された。プロダクトはブロイヤーの鋼管椅子、ヴァーゲンフェルトのテーブルランプ、マリアンネ・ブラントの急須など、今なお現役の名品が生まれた。

教師陣にはカンディンスキー、クレー、ファイニンガー、シュレンマー、モホイ=ナジ、アルバース、ミース・ファン・デル・ローエが名を連ねた。

意義

バウハウスはデザインを「産業社会の総合芸術」として位置付けた。職人的手仕事と工業生産、芸術と技術、個人と社会を統合することを教育の中心に据えた点で、従来の美術学校と根本的に異なった。

ナチス閉鎖後、教師と学生の多くがアメリカへ亡命。イリノイ工科大学(ミース)、ハーバード大学(グロピウス)、ブラック・マウンテン・カレッジ(アルバース)などでバウハウスの教育は再現され、戦後アメリカ・モダンデザインの基盤となった。日本では桑沢デザイン研究所、武蔵野美術大学、東京造形大学などに影響を残した。

現代への示唆

総合造形教育

単一スキルではなく、複数領域を横断する基礎教育が創造性を育む。現代のデザインスクール、ブートキャンプ、社内アカデミーの設計にも参照項となる。

プロトタイピング文化

実験・試作・失敗を許容する工房文化は、デザイン思考・アジャイル開発の祖型である。作りながら考え、考えながら作る反復。

政治と創造性

ナチスによる閉鎖は、全体主義が創造的多様性を敵視することの歴史的教訓である。逆に言えば、多元的な創造環境を維持することが民主社会の条件の一部である。

ディアスポラの拡散効果

バウハウス閉鎖は悲劇だったが、メンバーの亡命により思想は世界中に拡散した。危機が予期せぬ拡散機会になることは、組織の長期戦略にも示唆を与える。

関連する概念

  • グロピウス
  • カンディンスキー
  • パウル・クレー
  • ミース・ファン・デル・ローエ
  • 工房制度

参考

  • マグダレーナ・ドロステ『バウハウス』Taschen
  • 利光功『バウハウス——歴史と理念』美術出版社、2019

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