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概要
国際連合(United Nations、以下 UN)は、1945年10月24日に正式発足した普遍的な国際機関である。同年6月26日にサンフランシスコで国連憲章が署名され、51カ国の批准をもって発効した。10月24日は「国連デー」として今日も記念されている。
前身の国際連盟(1920年発足)は米国の不参加と主要国の相次ぐ脱退によって機能不全に陥り、第二次世界大戦を防げなかった。UNはその失敗の教訓を制度設計に正面から反映させた機関である。
設立の経緯
「国際連合」という名称は1942年1月1日、フランクリン・ルーズベルト米大統領が起草した「連合国共同宣言」で初めて使用された。枢軸国に対抗する連合26カ国が署名し、戦争目的の共有と単独講和の禁止を確認した。
戦後機構の具体的設計はダンバートン・オークス会議(1944年8〜10月)で行われた。米・英・ソ・中の四大国が基本提案を起草し、翌年のヤルタ会談(1945年2月)で安全保障理事会の表決方式が合意された。
サンフランシスコ会議(1945年4〜6月)には50カ国が参加し、国連憲章の最終文書を作成した。ポーランドが後に原署名国に加わり、発足時の加盟国は51カ国となった。
憲章と主要機関
国連憲章は全19章111条から成る。第1条には国連の目的として「国際の平和および安全の維持」「諸国間の友好関係の発展」「国際問題の解決における協力」の三本柱が明記されている。
主要機関は以下の六つである。
- 総会(General Assembly)——全加盟国が参加する最高審議機関。1カ国1票制
- 安全保障理事会——米・英・仏・ソ(後にロシア)・中の常任理事国5カ国と非常任理事国10カ国で構成
- 事務局——事務総長を長とする行政機関
- 国際司法裁判所——オランダ・ハーグに置かれる主要司法機関
- 経済社会理事会——開発・人権・環境問題を担当
- 信託統治理事会——旧植民地の自治移行を監督(現在は活動休止)
安保理の最大の特徴は常任理事国(P5)の拒否権である。五大国のいずれかが反対すれば実質事項の決議は成立しない。この制度は大国の脱退・無力化という国際連盟の轍を踏まないための設計であった。
冷戦期の機能と限界
発足直後から米ソ対立が深まり、安保理は拒否権の応酬によって機能停止に陥る場面が続いた。ソ連は1946〜1955年の間に80回以上の拒否権を行使した。
朝鮮戦争(1950年)では、ソ連が安保理を欠席していた空白期に国連軍派遣が決議された。この例外的事態は「平和のための結集決議」(1950年)につながり、安保理が機能しない場合の総会決議という代替経路を開いた。
冷戦終結後の1990年代、湾岸戦争・旧ユーゴスラビア・ルワンダと国連の役割は繰り返し問い直された。集団安全保障の理想と主権国家体制の現実との緊張は、現在も解消されていない。
現代への示唆
1. 大国を取り込む設計の論理
国際連盟が米国を取り込めなかった失敗を踏まえ、UNは大国に拒否権という特権的地位を与えることで参加を担保した。組織設計において、ルール遵守を求める前に、強者が離脱しないインセンティブ構造を先に設計することが有効な場面がある。
2. 機能不全を補完する手続きの正統性
安保理が拒否権で膠着しても、国連の存在自体が「交渉の場」として機能し続けた。完全な実効性がなくとも、正統性を持つ場を維持することに独自の価値がある。企業統治においても、形式的に見える会議体が危機時の合意形成装置として機能する。
3. 多極間合意の限界と実用設計
国連は全会一致ではなく多数決と拒否権の組み合わせで動く。完璧な合意を目指せば何も決まらない。重要なのは「決まらない状態を許容しつつ、動ける範囲で動く」仕組みをいかに設計するかである。
関連する概念
国際連盟 / ウェストファリア体制 / 冷戦 / 集団安全保障 / 拒否権制度 / 人道的介入 / 普遍的管轄権 / サンフランシスコ平和条約
参考
- 原典: 国際連合憲章(1945年6月26日署名)
- 研究: 最上敏樹『国際機構論講義』岩波書店、2006
- 研究: 最上敏樹『人道的介入——正義の武力行使はあるか』岩波新書、2001
- 研究: 明石康『国際連合——軌跡と展望』岩波書店、2006