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なぜ「理想のチーム」はいつも理想通りに動かないのか
同質な優等生だけを集めて作ったチームが、なぜか期待通りに動かない。そんな経験はないだろうか。
優秀な人材ほど意見が一致せず、優しい人ばかりのチームは決断できず、リーダーの言うことを聞くメンバーだけでは新しい発想が出ない。
人材採用の現場では「カルチャーフィット」という言葉が重宝される。しかし、カルチャーにフィットしすぎた組織は、次の時代を作れない。
この問題の答えのヒントを、16世紀の中国文学に求めてみたい。呉承恩の『西遊記』である。
4人がなぜ17年走り切れたのか
『西遊記』は、唐代の僧・玄奘三蔵がインドへ経典を求めて旅した史実をもとにした長編小説だ。物語のなかで三蔵は、まったく異質な3人——孫悟空、猪八戒、沙悟浄——を弟子に従えて、西へ向かう。
この4人の組成を冷静に見ると、現代のチームビルディング論から見ても驚くほど尖っている。
三蔵法師。知性と使命感は高いが、戦闘能力ゼロ。しかも世間知らずで、騙されやすい。一人では100kmも進めない「ビジョン担当」だ。
孫悟空。圧倒的な戦闘能力と問題解決能力を持つ。しかし自己主張が強く、上司の言うことを素直に聞かない。過去には天界で大暴れした前科もある、扱いの難しい「実行担当」だ。
猪八戒。怠惰で食い意地が張っていて、すぐに挫けそうになる。美女を見ると理性を失う。だが、愛嬌があり、場を和ませる「ムードメーカー」だ。
沙悟浄。口数は少ないが誠実で、荷物を黙々と運ぶ。華はないが、この「地味な信頼性」がなければ旅は続かない。
現代の採用基準で言えば、孫悟空は「カルチャーフィット不合格」だし、八戒は「意欲不足」で書類落ちだろう。三蔵だって「実務経験なし」として見送られるかもしれない。
しかしこの4人が、17年かけて8万4千里を踏破した。
「弱さ」が補完を生む
『西遊記』の構造が示すのは、全員が違う種類の弱さを持っていることが、むしろチームを成立させるという逆説だ。
三蔵は戦えない。だから悟空が必要だ。悟空は衝動的だ。だから三蔵の道徳が必要だ。八戒はサボる。だから悟浄の勤勉さが必要だ。悟浄は地味だ。だから八戒の明るさが必要だ。
誰か一人でも抜けると、この四角形は崩れる。そしてこの四角形は、同質な人間を集めても絶対に作れない。
現代の組織研究でも、心理的多様性が高いチームの方が長期的パフォーマンスが高いことが繰り返し確認されている。しかし多くの企業は、採用段階で「扱いやすさ」を優先してしまい、自ら多様性を捨てている。
ビジョンが摩擦を接着剤に変える
ただし、多様なメンバーを集めただけではチームは機能しない。放っておけば内輪揉めで自壊する。
『西遊記』の一行をつなぎとめているのは、「西方浄土から経典を持ち帰る」という、たった一つの共有されたビジョンだ。このビジョンがあるからこそ、孫悟空は何度三蔵にうんざりしても戻ってくるし、八戒はサボっても最後の一線は越えない。
ビジョンは抽象的だからこそ、異なるタイプの人間を同じベクトルに向けられる。「売上を増やす」では内輪揉めを止められないが、「次の時代の学びのインフラを作る」なら、それぞれのやり方で貢献できる。
多様性経営の本質は、違いを許容することではない。違いを束ねる問いを設計することだ。
磁石としてのリーダー
もう一つ重要なのは、三蔵がなぜリーダーなのか、である。
三蔵は一行の中で最も弱い。戦闘では役に立たず、判断を誤ることもしばしばだ。それでも弟子3人が離れないのは、彼が最も純度高くビジョンを体現しているからだ。
リーダーとは、能力で他者を圧倒する人ではなく、ミッションの純度で他者を引き寄せる磁石である。この原則は、孔明の出廬以来、日本のスタートアップ創業者まで、人を動かす構造として何度も再現されてきた。
あなたのチームに「孫悟空」はいるか
振り返ってみたい。
- あなたの組織に、扱いにくいが圧倒的に強い「孫悟空」はいるか
- ビジョンは、違うタイプの人間を同じ方向に向けるほど純度が高いか
- リーダーは、最強の実行者ではなく、最もミッションに忠実な存在になれているか
もし組織のメンバーが全員「似た顔」をしているなら、それは安定ではなく、次の旅に出る準備ができていないサインかもしれない。
西への旅は、4人でしか完遂できなかった。
著者
道家俊輔
株式会社ギアソリューションズ。歴史・哲学・宗教のアナロジーから、現代ビジネスリーダーの意思決定を考察。