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概要
『人間知性論』(An Essay Concerning Human Understanding, 1689)は、イギリスの哲学者ジョン・ロック(1632-1704)の主著であり、近代経験論の礎を築いた書物である。
当時主流であったデカルト的な生得観念(生まれながらに備わる観念)を真っ向から否定し、人間の知識はすべて後天的な経験によって獲得されるとした。ロックは医師・政治思想家としても活動し、その思想はアメリカ独立宣言にも影響を与えた。
中身や構造
本書は全 4 巻から成る。
第 1 巻では、生得観念の批判が展開される。もし道徳や論理の原理が生得的なら、子どもや未開社会の人々にも普遍的に見出されるはずだが、実際はそうでない。
第 2 巻では有名なタブラ・ラサ(白紙)の比喩が提示される。心は最初「何も書かれていない紙」であり、そこに書き込まれるのが観念である。観念の源泉は二つ。外界を捉える感覚と、心の働きを内省する反省だ。
第 3 巻は言語論。言葉は観念の記号であり、観念が混乱すると言葉も混乱する。
第 4 巻では知識そのものを扱い、知識とは観念同士の一致・不一致の知覚であると定義した。
背景と論点
ロックが本書を書いたのは、17 世紀後半の宗教戦争と政治的混乱の中だった。理性で確実な知識をどう基礎づけるかが時代の課題であり、彼は「人間の認識能力そのものの限界を測量する」という地味だが根本的な問いから始めた。
後にヒュームやカントが取り組む課題の原型がここにある。また、生得観念の否定は教育による人間形成は可能だという強い含意を持ち、近代教育論の基礎となった。
現代への示唆
1. 経験からしか組織は学べない
タブラ・ラサの発想は、組織学習にそのまま適用できる。現場の経験と内省なしに獲得される知はない。研修で理論を教え込むだけでは定着せず、経験と反省のサイクルをどう設計するかが人材育成の本質となる。コルブの経験学習モデルの源流はロックにある。
2. 観念の一致・不一致を見る目
ロックは知識を「観念の関係を見抜く力」とした。経営判断も同様で、市場・顧客・競合という観念を正しく結びつける力が意思決定の質を決める。誤った結合が誤った戦略を生む。
3. 言葉の曖昧さが組織を蝕む
第 3 巻の言語論が示すのは、組織内の「顧客志向」「イノベーション」といった言葉が、各人の中で別の観念を指している危険だ。用語の定義を揃えることは、組織の知識基盤を整備することに等しい。
関連する概念
経験論 / タブラ・ラサ / デカルト / ヒューム / [『統治二論』]( / articles / two-treatises-of-government)
参考
- 原典: ジョン・ロック『人間知性論』(大槻春彦 訳、岩波文庫、全 4 巻、1972-1977)
- 研究: 加藤節『ジョン・ロック——神と人間との間』岩波新書、2018