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概要
『ガリヴァー旅行記』(Gulliver’s Travels)は、ジョナサン・スウィフト(一六六七-一七四五)が一七二六年に匿名で刊行した全四篇の諷刺小説である。
表面的には冒険航海記の形をとりながら、十八世紀初頭の英国政治、王立協会の自然哲学、人間の理性への過信と獣性を、拡大鏡と縮小鏡を通して照射する。児童書として流通してきたが、本来は大人の知的読者に向けた苦い告発の書である。
あらすじ
船医ガリヴァーは、四度の航海で奇異な国を訪れる。
第一篇リリパット(小人国)では、身長十五センチの住民たちの党派争い、卵を割る向きをめぐる戦争を目撃する。
第二篇ブロブディンナグ(巨人国)では、巨人の王に英国の政治を説明するが、人間社会の腐敗と戦争好きを鋭く指摘される。
第三篇ラピュータでは、空飛ぶ島の哲学者たちが日常の実用と無縁な研究に耽る姿、死者を甦らせる魔術師の訪問、不死を得たが老いに苦しむストラルドブラグが描かれる。
第四篇フウイヌムでは、理性を備えた馬の社会と、獣と化した人間「ヤフー」を対比する。ガリヴァーは帰国後も人間を嫌悪するようになる。
意義
本作は諷刺文学の頂点である。政治・学問・人間性のいずれに対しても容赦なく、当時の党派抗争や王立協会の実験を具体的にパロディ化した。
第四篇の人間嫌悪に至る深さは、啓蒙期のオプティミズムへの最も暗い対抗言説となった。ガリヴァーは理性的存在ではなく「ヤフー」の一員だという結論は、今なお衝撃を失わない。
現代への示唆
尺度を変えれば重要が些末に
リリパットでは卵を割る向きの戦争が真剣に戦われ、巨人国から見れば英国の議会政治が茶番に映る。自社・自業界の重要事項を、別のスケールから眺め直す訓練が、戦略思考には欠かせない。
実用から切り離された知の虚しさ
ラピュータの学者たちは、キュウリから日光を抽出し、糞便を食物に還元する研究をしている。知的活動が現実の課題と接点を失うとき、最も高尚に見えて最も無価値になる。研究開発投資の評価軸を問い直す寓話である。
理性と獣性の同居
フウイヌムの合理的な社会は一見ユートピアだが、ガリヴァーが至る人間嫌悪は病的である。理性のみで人間を設計しようとすると、生の豊かさが抹消される。過度のデータ・論理主義がもたらす組織の貧困化と通じる警告である。
関連する概念
- リリパット
- ラピュータ
- ヤフー
- フウイヌム
- 諷刺文学
参考
- 原典: スウィフト『ガリヴァー旅行記』平井正穂訳、岩波文庫
- 研究: 富山太佳夫『ガリヴァー旅行記を読む』岩波書店