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概要
世界恐慌(Great Depression)は、1929年10月24日(暗黒の木曜日)のニューヨーク株式市場の暴落を起点に、1930年代を通じて世界経済を襲った深刻かつ長期の経済危機である。
米国GDPは1929年から1933年にかけて約30%縮小、失業率は一時25%に達し、銀行倒産は約9000行に及んだ。危機は金本位制を通じて世界へ伝播し、ドイツでは失業率40%、日本でも昭和恐慌が深刻化した。
経過
発端は1920年代のアメリカの「狂騒の20年代」における株式投機の過熱だった。1929年夏にピークに達した株価は秋に崩れ、10月24日から29日にかけて連日の暴落で時価総額の約3割が失われた。
続いて信用収縮・銀行取付騒ぎ・企業倒産が連鎖した。1930年のスムート・ホーリー関税法(米国の高関税政策)が各国の報復関税を誘発し、世界貿易が約3分の1に縮小した。
1931年のオーストリア・クレディットアンシュタルト銀行破綻、英国の金本位制離脱が欧州危機を深刻化させた。各国は金本位制離脱・通貨切り下げ・ブロック経済化で自国防衛に走った。英仏はスターリング・ブロック、フラン・ブロックを形成し、米国はドル圏、日本は円ブロックへと分断が進んだ。
1933年、米国ではF.D.ルーズベルトが大統領に就任しニューディール政策を開始。1936年、ケインズ『雇用・利子および貨幣の一般理論』が、財政金融政策による需要創出の理論的基礎を提供した。
背景・影響
恐慌の原因は複合的である。株式バブル、過剰生産能力、所得格差、脆弱な銀行システム、金本位制の硬直性、国際協調の欠如が重なった。FRBの金融政策の失敗(フリードマン・シュワルツが指摘)も大きな要因とされる。
政治的影響は甚大だった。ドイツではナチ党が躍進し1933年に政権獲得、日本では軍部台頭と満州事変、イタリアのファシズムも強化された。民主主義国でも福祉国家化と政府の経済関与拡大が進んだ。
国際協調を欠いたブロック経済化は「持てる国」と「持たざる国」の対立を激化させ、第二次世界大戦の構造的要因となった。戦後のブレトン・ウッズ体制(1944)、IMF・世銀の設立は、この分断を繰り返さないための制度設計である。
現代への示唆
信用収縮の連鎖を止める仕組み
金融危機は実体経済を麻痺させる。中央銀行・預金保険・最後の貸し手機能など、現代の金融セーフティネットの多くがこの経験から生まれた。
保護主義は全員を貧しくする
スムート・ホーリー関税は典型的な「合成の誤謬」だった。個別には合理的な自衛が、全体では世界貿易縮小という悲劇を招く。現代の通商摩擦にもこの原理は生きている。
危機対応の遅れは政治を変える
経済危機の長期化は、既存政党への不信と極端な政治勢力の台頭を招く。危機に対する政策的応答の速度が、民主主義の耐久性を決める。
関連する概念
- ニューディール
- ケインズ経済学
- 金本位制
- ブロック経済
- ブレトン・ウッズ体制