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概要
選民思想(せんみんしそう、Chosen People、ヘブライ語 アム・セグラ עם סגולה「選ばれた民」)は、神が特定の民族を特別な関係に選んだとする自己理解。ユダヤ教に起源を持つ。
聖書の根拠:
「あなたは、あなたの神、主の聖なる民である。あなたの神、主は、地の面にある全ての民の中から、あなたを選んで御自分の宝の民とされた」(申命記 7:6)
選民の意味——優越か使命か
選民思想は、しばしば民族的優越の主張と誤解されるが、ユダヤ教の主流解釈は異なる。
使命としての選び
- 神の啓示を受けたのは、他の民族への奉仕のため
- 十戒・トーラーを世界に伝える責任を負う
- 「神の光を諸国民に及ぼす」(イザヤ 42:6)
負担としての選び
- 選ばれた民だからこそ、より厳しい戒律を守る義務
- 歴史的迫害を「選ばれた故の試練」として意味づける
- タルムードのラビ言:「神はユダヤ人を選んで律法を与えたが、これは誉れと同時に軛である」
選民思想の諸形態
ユダヤ教正統
神との契約としての使命。他民族を排除するものではなく、ノアの契約(全人類への 7 つの戒律)により非ユダヤ人も救われ得る。
キリスト教
「新しいイスラエル」 として、教会が霊的選民となる(パウロ『ローマ書』9-11 章)。
イスラム教
ムスリム共同体(ウンマ)を 「中庸の民」(クルアーン 2:143)と位置づける。
世俗的転化
- アメリカ例外主義 — 「丘の上の町」「明白なる使命」(Manifest Destiny)
- 英国の選民意識 — 大英帝国の文明化使命
- 日本神州論 — 神国日本の特殊性
- 共産主義的プロレタリアート論 — 歴史に選ばれた階級
危険と可能性
選民思想は、強力だが両義的な概念である:
負の側面
- 排外主義・帝国主義の正当化
- 差別・虐殺の合理化(植民地主義、大東亜共栄圏)
- 内部の病理(自己優越による改善能力の喪失)
正の側面
- 困難な時代の共同体維持(迫害下のユダヤ人)
- 高い倫理的基準への動機付け
- 社会変革への使命感(公民権運動、ヒューマニズム)
現代への示唆
選民思想は、現代の組織アイデンティティ論にも示唆を持つ。
- 「選ばれた企業」という自己理解 — トヨタ、アップル、Google に見られる、使命感に満ちた企業文化
- 使命の両義性 — 「世界を変える」と謳う企業文化は、強い動員力を生む同時に傲慢と盲点を生む
- 外部への責任性 — 選民性を「使命」として解釈するか、「優越」として解釈するかで組織の倫理的性格が決まる
選民思想の光と闇を見つめることは、強いアイデンティティを持つ組織の経営において避けられない省察である。
関連する概念
ユダヤ教 / 契約 / アメリカ例外主義 / ノアの契約 / 使命
参考
- 原典: 『旧約聖書』申命記 7 章、イザヤ書 42 章、ローマ書 9-11 章
- 研究: M. ウォルツァー『出エジプトと革命』岩波書店、1987