生物多様性
種・遺伝子・生態系の三層からなる地球上の生命の多様性。1992年の生物多様性条約で国際的に定式化され、自然資本リスクとしてESG経営の中核テーマに浮上している。
Contents
概要
生物多様性(Biodiversity)は、地球上の生物種の多様性、遺伝的多様性、生態系の多様性を総称する概念である。1980年代に環境科学の用語として普及し、1992年のリオデジャネイロ地球サミットで採択された生物多様性条約(Convention on Biological Diversity: CBD)によって国際的な政策枠組みとなった。
地球には推定870万種(真核生物)が存在するとされるが、記載・命名済みの種は約150万種にとどまる。熱帯雨林・珊瑚礁・湿地などの生物多様性ホットスポットには、地球全体の種の約半数が集中している。
三層構造——遺伝子・種・生態系
生態学者エドワード・O・ウィルソンは生物多様性を三つのレベルに整理した。
遺伝的多様性——同一種内の遺伝子の変異の幅。病害への抵抗力や環境変動への適応能力の基盤となる。農業では単一品種への依存が遺伝的均質化を招き、病害への脆弱性を高める。
種の多様性——生態系内に存在する種の数と均等度。捕食・被食・分解の連鎖が複雑なほど、一種の消失が系全体に与える影響は限定される。
生態系の多様性——森林・草原・湿地・海洋など異なる生態系の種類と分布。生態系の種類が多いほど、地球規模での炭素循環・水循環・栄養塩循環が安定する。
この三層が相互に支え合うことで、生態系の回復力(レジリエンス)が生まれる。特定の種が消滅しても機能的に代替できる種が存在すれば系全体は維持されるが、多様性が低下すると代替の余地は失われていく。
生物多様性の喪失と第六の大量絶滅
現在、地球は「第六の大量絶滅」と呼ばれる局面にある。IPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム)の2019年報告書によれば、約100万種が絶滅の危機に瀕している。
絶滅速度は、人類登場以前の「背景絶滅率」の100〜1000倍に達するとされる。主要な要因は以下の五つに整理される。
- 生息地の破壊(農地転換・都市化・開発)
- 乱獲(過剰漁獲・野生動物取引)
- 外来種の侵入による在来種の駆逐
- 気候変動(分布域の変化・海洋酸性化)
- 汚染(農薬・プラスチック・富栄養化)
過去の五大大量絶滅(白亜紀末のK-Pg境界事変など)は小惑星衝突や火山活動といった地質学的事象が原因だった。第六の絶滅は人類の経済活動が駆動力である点で、過去に例を見ない。
現代への示唆
1. 自然資本リスクの財務的内部化
生物多様性の喪失は、農業・医薬品・素材産業の原材料基盤を直接毀損する。TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)は2023年、企業が自然資本への依存と影響を開示するフレームワークを公表した。気候変動に対するTCFDと並ぶ枠組みとして、機関投資家の要求項目に加わりつつある。
2. 多様性とシステムの強靭性
生態学の知見——「多様性はレジリエンスの源泉」——は組織マネジメントに直接接続する。単一品種に依存したモノカルチャー農業が病害に脆弱なように、同質的な人材構成・技術基盤・顧客ポートフォリオへの依存は、外部ショックに対するシステム全体の脆弱性を高める。
3. 生態系サービスの経済的評価
授粉・水質浄化・炭素固定・洪水調節など、生態系が無償で提供するサービスの経済価値は年間125兆ドルを超えると推計される(Costanza et al., 2014)。これらは市場価格に反映されないが、喪失すれば代替コストは膨大になる。長期経営戦略において、この「見えないコスト」を現在の意思決定に織り込む視点が求められている。
関連する概念
生態系サービス / 自然資本 / TNFD / IPBES / 生物多様性条約(CBD) / COP15(昆明-モントリオール枠組み) / 気候変動 / レジリエンス / 第六の大量絶滅
参考
- Wilson, E. O. The Diversity of Life. Harvard University Press, 1992
- IPBES『生物多様性と生態系サービスに関するグローバル評価報告書』2019
- Costanza, R. et al., “Changes in the global value of ecosystem services,” Global Environmental Change, vol. 26, 2014, pp. 152-158
- 環境省『生物多様性国家戦略 2023-2030』2023