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概要
農業革命(Agricultural Revolution、新石器革命とも)は、約1万2千年前から人類が狩猟採集生活から農耕・牧畜による食料生産へと移行した大転換を指す。
最初期は中東の「肥沃な三日月地帯」(現在のイラク、シリア、イスラエル周辺)で、コムギ・オオムギの栽培とヤギ・ヒツジの家畜化が始まった。やがて中国(イネ・アワ)、メソアメリカ(トウモロコシ)、アンデス(ジャガイモ)、ニューギニア(タロイモ)などで独立に起こった。
経過や中身
最終氷期の終わり、気候の安定化とともに一部の地域で野生植物の管理が進んだ。種子の選別、播種、収穫、貯蔵の循環が確立すると、人々は定住し始めた。
定住は人口増を可能にし、人口増はさらに農業への依存を深めた。ヤギ・ヒツジ・ウシ・ブタなどの家畜化が並行し、農耕牧畜複合社会が成立した。
しかし考古学的証拠は、初期農耕民が狩猟採集民より健康状態が悪かったことを示している。身長が低下し、虫歯が増え、関節症が多発し、寿命も短くなった。単一作物への依存による栄養の偏り、動物との近接による感染症(天然痘、麻疹、インフルエンザ等はすべて家畜由来)、長時間の重労働が原因である。
背景・意義
それでも農業は拡大した。理由は単純で、人口を支える総カロリーでは農業が圧倒的に多かったからだ。一人あたりの健康は下がっても、単位面積あたりの人口は激増する。結果として農耕民は人口圧で狩猟採集民を圧倒した。
ハラリは『サピエンス全史』で農業革命を「史上最大の詐欺」と呼んだ。ヒトはコムギを飼いならしたのではなく、コムギに飼いならされたのだ、と。
農業はまた、穀物の貯蔵可能性ゆえに所有・格差・徴税・国家を生んだ。平等だった狩猟採集社会から、階層社会への移行の引き金である。
現代への示唆
生産性向上が労働時間増を生む逆説
狩猟採集民の労働時間は週20〜30時間程度と推定される。農業、産業革命、情報革命——生産性が上がるたびに労働時間はむしろ増えた。生産性の果実がどこに吸収されるかは、技術ではなく制度の問題である。
規模の拡大は集団の価値観を変える
農業は個体の健康を下げつつ集団規模を拡大した。成長志向の組織も、個々の幸福を犠牲にしながら全体を大きくする構造を含みうる。どの指標を最大化するのかの選択は、倫理的決断である。
逆戻りできない選択がある
一度農業に移行した社会は、人口増のため狩猟採集に戻れない。組織の規模・制度・技術選択も、しばしば不可逆のロックインを生む。入口の選択に時間をかけるべき理由がここにある。
関連する概念
- 肥沃な三日月地帯
- 新石器革命
- ロックイン効果
- 史上最大の詐欺(ハラリ)
参考
- ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史』柴田裕之訳、河出書房新社、2016年
- ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』倉骨彰訳、草思社、2000年
- 佐藤洋一郎『稲の日本史』角川ソフィア文庫、2018年