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概要
抽象絵画(Abstract painting、独 Gegenstandslose Malerei)は、対象の再現から完全に離れ、色・形・線そのものを絵画の主題とする様式である。1910年前後、カンディンスキー、マレーヴィチ、モンドリアンらがそれぞれ独自に到達した。
印象派以降の「対象からの解放」の到達点であり、同時に音楽・数学・神秘思想との交差から発した運動でもあった。
様式・技法
三つの主要系譜が存在する。
熱い抽象/カンディンスキー系——色彩と線の自由な運動により精神的響きを表現する。『構成Ⅶ』(1913)に代表される。カンディンスキーは音楽の構造を絵画に移植し、色彩を音に喩えた。
冷たい抽象/構成主義系——マレーヴィチのシュプレマティスム(『黒の正方形』1915)、タトリンの構成主義、エル・リシツキー。幾何学的純粋さと社会変革の理念が結びついた。
新造形主義/モンドリアン系——垂直水平の黒線と三原色+白黒灰のみによる厳密な構成。『赤・青・黄のコンポジション』(1930)が典型。
背景・意義
抽象絵画を可能にした背景には、写真の登場(再現機能の機械化)、神智学・人智学の流行(非物質的世界への関心)、非ユークリッド幾何学と相対性理論(視覚的世界の多層化)があった。
カンディンスキー『芸術における精神的なもの』(1912)、マレーヴィチ『非対象の世界』(1926)、モンドリアン『新造形主義』(1917)といった理論書は、抽象絵画が単なる装飾ではなく、形而上的主張を伴ったことを示す。
20世紀後半、ニューヨークで抽象表現主義(ポロック、ロスコ、デ・クーニング)、後にカラーフィールド・ペインティング、ミニマリズムへと継承された。
現代への示唆
意味の抽象化
具体的指示対象を持たない表現が、どう意味を担いうるか。ロゴ、タイポグラフィ、空間構成——すべての抽象的グラフィック言語の哲学的基盤がここにある。
理論の武装
抽象絵画の受容は、作家自身の著作によって大きく助けられた。実践を理論で武装することが、新しい価値観を市場に定着させる。
構造そのものの美
黒い正方形や垂直水平の格子が美たりうる——要素ではなく関係性の美しさ。プロダクトデザイン、組織図、情報設計における美学の原理となる。
並行発見
カンディンスキー、マレーヴィチ、モンドリアンがほぼ同時に独立に到達した事実は、時代精神が複数の個人を同時に突き動かすことを示す。今何がその境界にあるかを問う契機になる。
関連する概念
- [カンディンスキー]( / articles / kandinsky)
- モンドリアン
- マレーヴィチ
- シュプレマティスム
- デ・ステイル
参考
- カンディンスキー『抽象芸術論——芸術における精神的なもの』ちくま学芸文庫
- 本江邦夫『現代絵画入門』中公新書、1999